第1章 白と黒、灰と雨/前編(織田信長)
「そう言えば、近々戦だそうですね」
そう切り出した女将さんだけれど
その声は先程の雑談と変わらなかった。
「ああ。また気苦労をかけるな」
「いいえ、とんでもない」
まるで世間話のように交わされる会話に
少し戸惑っていると……
「どうした?」
「え?あ、いえ。
あまり不安じゃないのかなって」
「まあ、貴様がそう思うのも無理は無い」
やっぱりこの時代に生きていると
度々起きる戦に慣れちゃうのかな…?
首を傾げる私を見て
女将さんとご主人が顔を見合わせ、笑った。
「御館様はご立派な方です。
私らがこうして不自由なく暮らしていけるのも
みんな御館様のお陰ですから」
「ええ。不安がない訳じゃないんですよ。
でも皆、信長様を信じているんです」
「信じてる…?」
「信長様はいつでも
この生活を守って下さいますから」
「ですから私らはこうしていつも通り
商売を続けて行くことで
この国に恩を返しているわけです」
二人の語る言葉は
決して嘘ではないとわかった。
信じている——
たったそれだけの言葉に
たくさんの思いが詰まっているような気がした。
私だってもちろん信長様を信じてる。
それなのに、一人で不安になって
どうしようもないくらい心配して…
何だか少し情けないな。
「国の発展は俺たちだけでは成し得ん。
貴様らにはしっかりと働いてもらうぞ」
「商売人は戦では役に立ちませんからね。
せいぜい恩返しさせて頂きますよ」
「では私たちは戻りますので
迦羅様、ごゆっくりどうぞ」
「あ、はい!」
色々と勉強させられる事ばかりだ…
私ももう少し、しっかりしなくちゃ。