第1章 白と黒、灰と雨/前編(織田信長)
得意先へ仕上がった着物を届けたあと
いつもの反物屋で買い物を済ませ
商店が立ち並ぶ賑やかな大通りを歩く。
今日はとてもいい買い物が出来た。
注文の品にぴったりな可愛い反物と
…大切な人に贈るためのものと。
これを仕立てたらきっと
信長様に良く似合うと思う。
「他に見たいものは無いのか」
「はい。私の用事は済みました」
来た時と同じく信長様が荷物を抱え
空いたほうの手で私の手を握ってくれる。
「ならば茶屋にでも寄って行くか」
「はい!」
皆が忙しくしている時に悪いとは思うけれど
戦の前の、こんな時だからこそ
好きな人との穏やかな時間を大切にしたい。
馴染みの茶屋に着き
緋毛氈の敷かれた縁台に並んで座る。
真上に差し掛かった太陽が降り注ぎ
心地の良い風がさらりと過ぎて行った。
「信長様に迦羅様、いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「繁盛しているようだな」
「ええ、お陰様で無事にやっております。
お二人とも相変わらず仲が宜しいですね」
にっこり微笑む女将さんに
ちょっと照れくささを覚えるけれど
「あ、ありがとうございま…」
「当然だな」
私の言葉を遮るようにして
信長様はわざとらしく肩を抱いてみせる。
「信長様っ…!人前でそんな…」
「何を恥ずかしがっている」
「まあまあ、ふふふ」
そこへ今度は茶屋の主人が
お茶と菓子の乗ったお盆を持ってやって来た。
「はい、お待ちどうさまです」
「わぁ…可愛いですね」
お皿に乗っているのは
綺麗に細工されたコロンとした菓子。
確か、京都旅行の時に見た物に似ている。
上生菓子…って言うんだっけ。
「ほう、なかなかに見事な腕だ。
繁盛に驕らず精進しているようだな」
「ありがたいお言葉、恐縮でございます」
なんだかいいな、こういうの。
上に立つ人が偉そうにするばかりじゃなく
頑張っていることをちゃんと認めて、褒めて
良い関係を築いている。
…そんな人が自分の彼氏だと思うと
誇らしい気持ちになっちゃうな。