第1章 白と黒、灰と雨/前編(織田信長)
それから安土城は俄かに慌ただしい日が続いた。
武将たちや家臣は連日のように広間に詰め
いずれ来る開戦に備えた軍議を重ねていた。
「あ、光秀さん。
会議終わったんですか?」
朝の軍議を終えて広間を出ると
すぐそこで迦羅と出会う。
「ああ、ひとまずはな」
「毎日忙しそうですね」
「お前も聞いているだろう?」
「はい。戦…ですからね」
またそんな顔をするのか。
この地の生活には慣れても
やはり戦などと縁遠かったお前には
到底受け入れられるものではないか。
「お前がそんな顔をする必要はない」
「それは…そうですね」
………。
お前のその無理に笑う顔は
あまり好きではないな。
心配するなと言うのも無理な話だろうが。
いつか、中身の薄いお前が
何を案ずる必要も無い世に変えたいものだ。
ポンポンと迦羅の頭を叩き
次の用件へと向かう。
「光秀さん!」
「なんだ?」
背後から呼び止める声に振り向くと
迦羅が何やら不安気な顔をしている。
「あの、気を付けて下さいね」
「俺の心配など無用だ」
まるで俺がこれから何をしに行くのか
察しているような言い方だが…
いや、日頃の行いの結果と言うものか。
まぁ、お前にならば
心配されるのも悪くはない、か。
「迦羅、外出する用事があるならば
さっさと済ませておけ。
うろちょろと出歩けなくなるからな」
「もう!誰がうろちょろしてるんですかっ!」
よし、いつもの顔に戻ったな。
お前はそれでいい。
さて、敵状視察と行こうか。
悠々としている暇はない。
この間からあの男…
久野の姿も見当たらぬことだしな。