第1章 白と黒、灰と雨/前編(織田信長)
暖かい縁側でお茶を頂きながら
私は心地良い疲れと達成感を感じていた。
「迦羅様はなかなか筋がいい」
大きく頷きながら
感心したように使用人さんが言った。
「え、本当ですか?」
「ええ」
「あんまり煽てると
調子に乗るからやめなよ」
「なっ…!調子になんか乗らないよ」
もう、家康ってば。
ちょっと優しいところがあると思えば
すぐ意地悪な言い方するんだから。
「…ところでさ」
ふと声色を落とした家康が
覗き込むように私の顔をじっと見つめる。
「な、何?」
「あんた、弓なんか覚えて
一体どうするつもりなの」
「え……」
あぁ、そう言えば…
弓を教えて欲しいって頼んだ時も
同じこと聞かれたっけ。
ただあの時はたしか
(家康様!是非ご教示を!!!!)
…って隣で使用人さんが凄い勢いで頼んでくれて
理由なんか曖昧にしたままだった。
「まさかとは思うけど
皆と一緒に戦場に出て
敵と戦おうなんて思って…」
「ないない!」
私はこれでもかとばかりに首を横に振った。
「あんたって変な正義感あるから
戦うなんて言い出すかと思った」
「それは…無理だよ」
「そう。それならいいけど」
確かに私なりの正義は存在してると思う。
だけど皆のように国や未来、大勢の人たち
そう言うものを背負った正義じゃない。
武器を手に戦う覚悟は
きっとできない。
たとえ大切な誰かの為だとしても
私には……
「で、でももし万が一何かあって
猫の手も借りたい状況になったら
案外役に立てるかもしれないよ?」
なんとなく本心を誤魔化すように言ってみるけれど
家康は真剣な顔をしたまま———
ふと目を逸らして立ち上がった。
「…じゃあ俺そろそろ行かなきゃ」
「あ、うん。今日もありがとう」
数歩進んだところで家康は足を止めた。
「あんたがもし〝それ″を使うとしたら
それは自分の身を守る時だけ。
…絶対、約束しなよ」
「うん。わかったよ」
そう答えると
振り返ることもなく行ってしまった。
何だか意味ありげな家康の言葉。
私が変な気を起こさないように
釘を刺したのかな…?