第1章 堕ちた先は快楽地獄【両面宿儺 虎杖悠仁】
(なに……?何て言ってるの?)
慌てふためいた様子で声を荒げながら、悠仁に身体を抱き寄せられた。
返事をしようとするけれど、なぜか頭の中の重力が急速に増していくような気がして、遂には口を開くことも出来なくなる。
やがて、ぽちゃん、とどこからか水の滴る音が聞こえてきて、それ以外の音は突然にして遮断され、視界も何も情報が映らなくなってしまった。
一瞬の間に何が起こったのだろうか。
不思議な怪奇現象に見舞われたみたいに部屋の形は瞬時に姿を消して、目の前は都会の空のような漆黒に包まれた。
(悠仁は、どこにいるの……?)
いつまでも続く闇の中で一人彷徨うとこしえの恐ろしさは、孤独により一層恐怖心を煽り立てる。先ほどまで同じ空間にいた最愛の人の姿は、どこにも見当たらない。
永遠にも思えるような闇の世界が続く中で、ようやく映り込んできた景色に目を見開いた。闇が晴れたことに安堵するよりも先に、美代は思わずゾッとする。なぜなら目の前には、高く高く積まれた不気味な牛骨の山が見下ろす様に睨みつけていたのだから。
「許可なく見上げるな、不愉快だ」
「な、なん、で……」
牛骨の気味悪さに震えていると、どこかで聞き覚えのある声が遥か上空から聞こえてくる。そこには、天にも近い牛骨の頂点で足を組み、こちらを見下ろす男の姿があった。
驚くべきことに、ツンツンと跳ねた桃色の短髪も、男子高校生ながらの平均的な背丈も、秀でた眉も、すらりと伸びた鼻筋も、何も全てが悠仁そのものであり、その男の容貌に思わず釘付けになってしまった。男性的な見目が特徴的で、精悍な顔立ちをしているだけでなく、全てが悠仁に似ているのだ。それこそ、瓜二つとも言える程に。
しかし、悠仁には一切感じられない禍々しい威圧感を放っているし、悠仁とは違い額に不気味な紋様が描かれていることや、女物の着物を着ていることを見て、彼が悠仁ではないと察することができた。
そして何よりも、睫毛の中に眠る瞳が血の色のように赤く染まっており、確信したのだ。彼は悠仁ではない。見た目も身体も全部悠仁である。視覚はそれを認めているのに対して、魂はそれを否定した。