第1章 堕ちた先は快楽地獄【両面宿儺 虎杖悠仁】
その声の主は、悠仁よりも低く威圧感を含んだ声だった。
美代はこの声の主が誰なのか知らない。
それに、なぜ彼の声が悠仁から聞こえてくるのかも理解できないし、理解したくもない。
嫌な予感はこれだったのだ。信じ難い話であるが、悠仁の中に、悠仁ではない別の人がいる。
それが分かった途端、美代は得体の知れない恐怖を覚え、萎えた足から崩れ落ち、ガタンと鈍い音を鳴らして地に膝をついてしまった。
その音にハッとして気づいた悠仁が、悪いことをしたような傷ついた表情をこちらに向けて青ざめる。
「も、もしかして、今の聞いてた、よな……ごめん、驚かせて」
「ねえ、いまの、だれ……?」
声が震えていた。
恐怖、不安、困惑、どの感情が一番に奮い立たせているのかなんて、もはや分からない。
「コイツは……その」
「私に、何か、隠してるでしょ?何でも話してって、言ったよね?今のは、なに?」
悠仁も美代も二人目を見合わせて震えているのに対して、元凶の男は、ぐわっと悠仁の頬から目と口を生やして、一人で楽しげにカッカと哄笑している。
ソレは悠仁の目の下から、赤々しい目を向けてこちらをじっと見ていた。笑っているけれど、冷酷な目をしている。それでいて、矯めつ眇めつして品定めをする様に見られてぞくりと寒気がした。
怖くて恐ろしくて、悠仁ではなく悠仁から生えるその瞳から目が離せない。逸らしたら殺されてしまう、そんな予感がしたからだ。
瞬きも忘れてしばらく見つめ合っていると、刹那に辺りが真っ暗に染まった。悠仁に名前を呼ばれたのを最後に、視覚も聴覚も一瞬にして奪われる。