第1章 堕ちた先は快楽地獄【両面宿儺 虎杖悠仁】
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ふわりと風に乗り、どこか肌寒い空気が微かに部屋の中に入ってくるのを感じた。ベランダに繋がる扉が少しだけ開いていることに気づき、閉めようと立ち上がる。
彼氏である虎杖悠仁の部屋に訪れるのは、これで何度目になるかも覚えていない。それくらいの常連だった。
昔から近所に住んでいたこともあって、特別な感情が無くともこの家には出入りしていたし、とくに雷が鳴った日だとか、見えないものが近くにいるような悪寒を感じた時だとか、そういう時にはいつも悠仁の部屋に潜り込んでいる。
しかし、彼の祖父が亡くなってからはその頻度も減ってきて、少しばかり寂しくもありながら悠仁の心境を心配していた。なので、久方ぶりに「大事な話があるから、家に来てほしい」と言われた時は安堵からかホッとしたのをよく覚えている。
急な知らせ、急な呼び出し。それはいつもの悠仁と何も変わらないのに、今日に限って妙に嫌な胸騒ぎを覚えていた。
「……悠仁?なにしてんの?」
その時ふいにベランダの外から、悠仁の他に誰かの話し声が聞こえてきた。誰かと通話をしている様子もなければ、誰かがその場にいるわけでもない。
訝しげに表情を歪ませながら、そっとベランダに近づいて様子を伺うも、悠仁はそれでもこちらの気配には気づかなかった。
「なあ、お前ここでは出てくるなよ。絶対に。そうじゃなくてもうるさくて頭に響くんだからさあ」
「ふん、言ってろ。しかし、お前も随分と酷だな。あの小娘の命をなんとも思ってはおらんのか」
「は、お前には一生理解できないだろうな。まず、お前に愛だ恋だが分かって堪るかっての」
「大口を叩けるのも今の内だぞ、小僧」
「______はあ?お前、何言ってんだよ。確かにあいつは可愛いけど、誰かに渡す気はねえよ?あっ!まさかお前、惚れたからって俺に嫉妬か?」
「戯け」
ざわり、と寒気がした。その会話を聞いて、金縛りにあったように動けなくなる。加速する脈拍。ドクドクと自分の体内を巡る血液の音が聞こえたような気さえする。
状況は、はっきりと理解していた。悠仁は目の前で一人で会話をしている。違う。一人ではあるけれど、同じ身体を通して違う声と会話をしているのだ。