第1章 *File.1*
「なあ。さっきの話…」
「あれは本当。オレが名乗る前に、名前と職業を言い当てられてしまったから」
「思わず拳銃を向けた、と」
「ああ。でも、無抵抗だったよ」
「無抵抗、だ?」
ウソだろ?と、松田は眉を跳ね上げた。
自分に直に向けられたあれが本物の拳銃だと、彼女は気づいていたはずなのに。
一通り話を終えた彼女が、寝室に戻った後。
「怖がることもなく、私を殺してと、何度も頼まれた」
もう、思い出すのも辛い。
その言葉よりも、あの時の彼女の瞳が目に焼き付いて、伝わって来た感情が切なくて。
「何故だ?」
「そうすれば、誰にも知られることなく、自分の存在は無に還る。と言ってたよ」
「彼女の話が本当なら、異次元の世界に来てしまったことになるな」
「ああ。それからさっき本人は言わなかったけど、彼女は元いた世界では交通事故に遭って、亡くなったそうだよ」
「「……」」
「だから、帰る場所がないんだ。あっちの世界でも、こっちの世界でも」
たった、一人ぼっち。
彼女を知る人間は、この世界に誰もいない。
家族も親族も、友人の一人さえもいない。
それは公安部として、ゼロが直ぐに調べ尽くしたから事実だ。
「俺は信じねえからな、こんな馬鹿げた話!有り得ねえだろ!あんな気味悪ぃ女、とっとと此処から追い出しちまえよ、諸伏!」
「ごめん。それは出来ない」
「何でだよっ?」
「信じるのか?彼女を」
「彼女の意思は関係なく、オレが、彼女を信じたい」
「理由は?」
「……一つ言えることがあるなら、オレの中にある、この直感を信じたいんだ」
本当の彼女の姿を、みてみたい。
ありのままの、彼女の心を。
「何故そう思った?」
「キミを殺せない。そう言ったオレに彼女はこう言ったよ」
『ダメよ。得体の知れない見知らぬ女に優しくなんかしたら、きっと付け込まれてしまう』
「どうして?って、訊ねたら」
『貴方は、誰よりも優しい人だから』
「ってね」
「ったくだ!女一人に簡単に騙されんなって」
「「……」」
松田、お前はどっちの味方なんだ?
と、口にはしないが、オレとゼロのため息が重なる。
「景光がしたいようにすればいい」
「有難う」
「お、おい、ゼロ!」
「但し……」
「万が一の時の全責任は、オレが取るよ」