第6章 *File.6*あれから約二年半後*
「もう泣かないで」
「…うん」
もう一度ふわりと抱き締めてから、ポンポンと背中を優しく叩いて落ち着かせてくれる。
「ほら、行くよ」
「…ん」
差し出された大きな掌を、直ぐにギュッと握り返した。
何処に?なんて、訊ねる必要はない。
此処から移動する手段も場所も全て調えた上で、迎えに来てくれた。
万が一の対策もした上で。
私達は誰にも告げることなく、静かにポアロを後にした。
「あ」
「どうかした?」
「ハムサンド」
「うん?」
「食べ損ねた」
ガーン。
そもそも今日は職場の仲がいい二人と休みを合わせて、喫茶ポアロへランチにハムサンドを食べに行ったのに!
半熟ケーキも食べたかった!
なのに、ゼロの顔見て声聞いた途端に号泣した!
で、あの瞬間から今まで、当初の目的をキレイさっぱり忘れてた。
「ゼロのハムサンドは、オレより大事?」
「それはない!けど、何も言わずに、友達二人もポアロに置いて来た」
再びガーン。
あの二人のことだから、怒ってはいないだろうけど、さぞかし驚かせたのは間違いない。
「そこはゼロが何とかしてくれてるよ」
「安室透、だもんね」
「良くも悪くもね」
二人で視線を合わせて、苦笑い。
一体どう説明してくれたのやら?
後で訊ねるのが怖いよ。
「どうして泣いたって、聞いても?」
「ポアロに行って、ゼロと目が合って名前呼ばれたら、景光と暮らしてた頃を思い出して、ドバーッと」
「ドバーッと?」
「涙が出たの。こうなるのが分かってたから、ポアロには行かなかったし、陣平と班長にも極力会わないようにしてたのに。もうゼロには頭上がんないよ」
「だからって」
「?」
こちらを向いた、綺麗な瞳が揺れる。
「ゼロに惚れたらダメだよ」
「そんな心配はしなくていい!私が好きなのは、景光だけだもん。景光こそ、あちこちでモテてるでしょ?男前に磨きがかかってる」
「だったら、安心かな。モテてるヒマはないし、オレは雪乃が傍にいてくれたら、それだけで十分。お褒めの言葉は有難う」
「……」
いっぺんに返事が戻って来た。
「雪乃の方こそ、モテるだろう?」
「私がモテてるのは、スーパーの常連のおじいちゃん、おばあちゃんぐらいですー」