第1章 *File.1*
「……」
さっきお茶をする前の景光の『待ってるから』は、きっと二通りの意味があった。
一つは、そのままの時間的なモノ。
もう一つは、此処から出て行く考えを止める、と言うモノ。
だから、私は普段通りの私に戻った。
お互い言葉にはしなかったけど、勘が鋭い景光にはそれが伝わったみたいでよかった。
私は一体どうしたいの?
ホントはもうとっくに、元の世界に戻ることは諦めてる。
だって、私は死んだんだから。
それこそ、戻ったところでお墓の下しか行く場所がないでしょ?
だからって、此処から出ても行けない。
ホントは分かってる。
出て行ったところで、身分も証明出来なければ戸籍も住所もない。
結局のところ、最終的には野垂れ死ぬしかないことを。
この世の中、このご時世、こんな女が一人で生きて行けるほど甘くも優しくも無いから、景光は仕方無しに私を此処に置いてくれてる。
だから、どうしよう?
でも、どうしよう?
日々、そんなことばっかり考えて。
挙句の果てに彼にもバレて行き詰まって、ぐるぐると終わりの見えない無限のループから抜け出せない。
それから、松田陣平。
彼はあんなだけど、それは仕方の無いことだからいいの。
それに観覧車の事件までには、まだ時間がある。
「助けて、いい?」
此処へ来てから、夜空に光る星に何度も問い掛けて来た。
完全たる、私の自己満足だ。
今の時点で萩原君を喪った景光やゼロ、陣平や班長の、志し半ばで、あんなに若くして突然仲間を喪った辛さ、哀しさ。職業柄、きっとそれぞれが覚悟をしていただろうけど、悔やんでも悔やみ切れない思いを、彼らは胸に抱えて生きて来た。
無力な私が何処まで出来るのかは、分からないけど。
私に出来ることは、全てやり尽くしたい。
でも、その方法は?
もし、陣平が助かったら?
その時点で物語が変わる?
今、私がこの世界にいる時点でもう物語は変わっている?
あっちの世界の物語はどうなってる?
あー、ダメだ。
悩んだところで何一つとして問題は解決はしないし、答えも出ない。
「無力だね、私は」
ベランダでポツリと吐き出した言葉は、明るい夜空に音も無くただ、静かに吸い込まれて行った。