第16章 *File.16*【File.10 番外編】(R18)*
「ごめん。待たせた」
「最初に待たせていたのは、私でしょ?私の方こそ、待たせてごめんね」
雪乃はスマホを鞄に入れると、オレを真っ直ぐに見上げて少し困った顔で、ゆるゆると首を振った。
「じゃあ、お相子だな」
「…もう、いいの?」
雪乃の視線が、こちらに向いている二つの視線を捉えた。
「ああ、もう過去のことだ。未練は何一つとしてない。この先ずっと雪乃、キミがオレの傍にいてくれたら、それでいい」
過去に経験したいくつかの恋は、キミに出逢うための布石。
今ならそう、ハッキリと断言出来るよ。
「素直に…」
「?」
「喜んでも?」
「もちろん」
コクリと頷けば、嬉しそうに笑うから、頭のてっぺんに口付けた。
「ひ、景光っ」
「ん?」
両手で髪を押さえて、上目遣いで抗議があった。
「こ、こんな場所でっ」
「続きは家でしようか」
「それはちょっと…」
「ダメ。もう決定したから」
「景光…」
頬を薄ら赤く染めて、少し照れた顔。
「ほら、行くよ」
「うん」
何時までもこんな場所にいるのは、時間の無駄。
右手を差し出せば、ゆっくりと手のひらを握り返される。
「先ずは何処に行きたい?」
「うーん。とりあえずは上から、かな?」
「じゃあ、上の階から順に見ようか」
「うん」
きっと、さっきのことで心の中にモヤモヤしてるものがあるだろう。
それでも今はそんな素振りも見せずに何も言わないし、オレに何も聞こうとしない。
だから、オレも今は敢えて何も言わずに黙っておくよ。
家に帰ってから、吐き出してもらうから。
あの手、この手を使ってね。
これ以上、キミの中に要らない感情を溜め込んで欲しくはない。
「景光?」
「何でもない」
なのに、変なトコで鋭いから、困る。
エスカレーターに乗る前に繋いだままだった手のひらを離すと、その手でポンと髪に触れる。
「ホントに?」
「ああ」
そう頷いてはみたが、オレに向ける視線は疑いが残るようで。
「……」
仕方ないなあ、もう。今は聞かないであげる。
一度瞼を伏せて、そんな感情を乗せた表情を見せると、それ以上は何も言わずに前を向いた。
「……ふっ」
直ぐ目の前にあるその小さな背中から諦めの大きなため息が聞こえた気がして、思わず口許に手を当てると笑いを堪えた。
