第1章 *File.1*
「……?」
彼女が眠りに着くには、まだ早い時間。
帰宅したら既に家の中は真っ暗で、静まり返っていた。
まるで深夜のように。
不思議に思って、念の為に仕掛けている盗聴器の録音機能を再生してみる。
とりあえず、一時間ほど前のリビングから。
『うん?』
不意に落ち着いた彼女の足音が止んで、数秒後に小さな呟き声。
直ぐに慌ただしい足音が響く。
焦っている?
冷蔵庫が開いて閉められ、また慌ただしくリビングを出て行った?
冷蔵庫から、彼女は何を取り出した?
「……水?」
冷蔵庫を確認した後、雪乃の部屋へ向かう。
「……雪乃?」
ノックをしても返答がないから、音を立てないようにドアを開く。
何だ、もう……。
「寝て……えっ?」
暗闇に慣れた目に映ったのは、枕元に転がるペットボトル。
寝苦しそうに呼吸をして、汗をかく雪乃の姿だった。
「ごめん」
一言謝罪を入れてから、前髪を避けて額に触れる。
熱か!
汗ばんだ額はかなり熱い。
発熱を自覚したから、慌てて布団へ入った。
起きた時に直ぐに水分補給を出来るように、予め水を用意して。
オレは急いでキッチンへ戻ると、熱を下げるための用意をした。
あると思っていた冷えピタがなく、長らく使用していなかった風邪薬は消費期限が切れていたので、近くのドラッグストアまで買いに走った。
ついでに鎮痛剤も買っておいたし、起きてから症状を聞いて、どちらかの薬を飲んでもらえたら大丈夫だろう。
柔らかな羽毛枕を氷枕に換え、額に冷えピタを貼っておいたから、これで少しは落ち着いてくれるといいけど。
さすがに脇の下を冷やすワケにはいかないから、オレに出来るのはこれぐらい……。
「……ん」
「!」
なに、そのツヤのある声!
「…ひ、ろ?」
ゆっくりと瞼が開き、焦点を合わすかのようにパチパチと何度か瞬きをした。
「起こしてごめん」
「おかえり、なさい」
掠れた声で、でも少し笑顔を含んだ表情で頭を横に振る。
「ただいま」
「ありがと。それから、ご」
「病人は謝らない。風邪をひいた?」
あえて、謝罪を遮った。
「多分、知恵熱?」
「だったら、鎮痛剤飲む?」
「ん、飲んどく」
「お腹は空いてない?」
「それは大丈夫」