第15章 *File.15*(R18)
『雪乃、今から言うことを、どうか落ち着いて聞いて欲しい』
珍しく切羽詰まったゼロからそんな電話が掛かって来たのは、帰宅時間が予定より大幅に遅いのに連絡が来ない、景光の身を案じていた最中だった。
「これだけは…」
持って行けない。
何かある度に驚かされるぐらい、景光は本当に用意周到で。
予定外だったはずのプロポーズの後、実は既に用意されていた婚約指輪を、そっとこの左の薬指にはめてくれた。
それから直ぐに指輪を何時も肌身につけれるようにと、ネックレスのチェーンまで用意してプレゼントしてくれた。
婚約指輪を掛けたままのそのチェーンを首から外して、クローゼットの一番上の引き出しにし舞い込む。
チェーンと共に、指輪のケースに入れて。
景光、貴方がもし私以外の誰かと幸せになる日が来たら、こっそり捨てに戻って来るから。
それまでは、たくさんの色んな思い出と︎一緒に此処へ置いて行きます。
電話でゼロの言われた通りに大きな鞄に入るだけ詰め込んで、マンションを後にした。
駐車場で、風見さんが待ってくれているはず。
「さようなら、景光」
それが永遠に、なのか、期間限定になるのかは、私には全く想像も付かないけれど。
突然の別れ、なんて、何時も覚悟してたことでしょう?
これからはずっと私の傍にいると約束して、婚約をしてくれたけど、この世界で諸伏景光が生きている。
私にとってそれが何よりも一番大切なこと、なんだから。
駐車場がある地下へと下りるエレベーターの中で固く目を閉ざしたまま、そう、何度も自分自身に言い聞かせた。
「入院の時も今回も、ご迷惑ばかりかけて申し訳ございません」
「……いえ」
「落ち着いているように、見せかけてるだけですから」
「……こういう日が、何時か来ると?」
「まさか、こういうパターンで来るのは想定外でしたけど、彼が生きている。それだけで十分なんです」
「貴女は強い、ですね」
「今はハリボテですけどね。頭の中では現状況を理解出来ているようで、理解出来ていないと思います。きっと頭の回転と心が追いついたら、こんな冷静ではいられなくなります」