第13章 *File.13*
「……このまま、抱いて」
不意に放された唇からは、普段の雪乃からは有り得ないセリフが飛び出した。
「雪乃?!」
「お願い」
直ぐ傍で絡み合う、すがるような切なげな瞳に僅かに混じる、苦痛に似た強い恐怖の色。
ああ、これを消し去って欲しいのだと。
他の誰でもなく、このオレに。
オレにしか出来ない、願い事。
「今直ぐに」
「ありがと」
今にも泣き出しそうな表情で笑う雪乃がただ愛しくて、再び唇を重ねた。
「失敗したかな」
「うん?」
「二人して今シャワーを浴びて来ました、って感じだから」
「時間を考えずにごめん」
「オレの方こそ、申し訳ない。歯止めが効かなくなって、時間ギリギリまで抱いてしまった。でも揶揄われそうだな」
「…誰に?」
「裏の理事官に」
「警視庁捜査一課管理官の黒田兵衛?赤井さんのお父さん?」
「知ってるのか?」
「かもしれない。とまでしか分からなかったけど、その確率は極めて高いかな?と。本人と会ったことはないよ」
「寧ろ、会わなきゃいいけど。あの人には隠し事が出来ない」
「分かる気がする。あの顔だけで迫力と圧力が半端ない。務さんはそうでもなかったはず」
「……」
「あ、オフレコで」
「くっ」
「否定せずに笑ってるし」
「オレの方こそ、オフレコで宜しく」
「ふふっ」
狭い車内には雪乃の明るい笑顔があって、少し安心した。