第13章 *File.13*
「お待たせ」
「どんだけお人好しだよ。あれだけのことをされたくせに」
廃屋ビルの階段を降りた出入り口の壁に凭れていた彼は、身体を起こしながら深いため息を洩らした。
「だって…」
「だって、じゃねぇっつうの!」
男子高校生に説教されてる、大人の女性?
「文句の一つや二つ言うのかと思ったら、お礼まで言いやがって!」
「…聞いて、ましたか」
「当たり前だろ」
「ごめんなさい。それから有難う」
「アンタは何かねえのかよ?」
「ん?今はいいよ」
「今は?」
ギョッとしてオレを見上げた雪乃を見て、
「ふ~ん」
と、彼は意味深に笑う。
「今日は本当に有難う。雪乃が助かったのは、君のお陰だ」
「礼はもういいって。俺にとっても、雪乃は大切なヒトだし。で、それが素?」
自分の正体を知っているから、と言う理由では全くないのは伝わって来た。
雪乃の人間性を理解した上で、の本心。
「ついさっきまでは、仕事モード」
「なるほど」
「?」
「なんでもねーよ」
「時間も遅いし、送ろうか?」
「ツレが待ってるからお気遣いなく。じゃ、またな」
「お連れ様にも、有難うございました。って伝えてね」
「了解……あっ!」
笑顔の雪乃の髪にポンと触れると彼はその手を挙げ、帰りかけた足を止めて、思い出したように振り返る。
「「?」」
「約束は、また今度」
「ああ」
男二人で話をする、あれか。
「じゃ、おやすみ」
「「おやすみ」」
今度こそ、彼は真っ直ぐに歩いて帰って行った。
「どっちが年上か分かんない」
「さっきはちゃんと年相応の女性だったよ」
「さっき、は?」
「雪乃は雪乃。それが一番いいよ」
キミだけは変わらず、ずっと自然体のままでいて。
「仕事モードの景光はカッコいいね」
「は?」
「…も、です」
「くくくっ」
本当は、笑ってる場合じゃない。
きっと早いタイミングで、雪乃の中で本当に安堵を感じた瞬間にあの恐怖が蘇る。
「帰ろうか」
「うん。もう疲れた」
困ったように力なく微笑む雪乃の手を、そっと握り締めた。