第13章 *File.13*
「!!」
「彼の傍でこの国の為に生命を懸けて働くことが出来る、貴女が。私には絶対に叶わないことだから」
前に進み出た雪乃が、部下を真っ直ぐ見据える。
「だから?」
「私は、私自身の何を失ったとしても、彼への想いだけは誰にも譲れない。もし彼の気持ちが変わって離れてしまっても、私の想いは何も変わらない。さっき、そう確信したから」
見知らぬ男達にその肌に乱暴に触れられ、身体を無理矢理暴かれそうになったのに?
それでも。
例えそれが恐怖を紛らわすために、恐怖を超えた先で生まれた感情だったとしても。
その言葉に嘘偽りがないのは、誰よりもオレが解るから。
「!」
「……」
「えっ?」
泣きそうになるよ。
雪乃は照れ屋で、何よりも自分にとって大切な人間を傷つけることを酷く恐れるから、今でも大切なことを、本音をあまり言葉にはしてくれない。
「有難う」
こんな状況なのに、抱き締められずにはいられない。
「私が一番欲しかったのは、貴方のその表情だったのに。偶然一度だけ見てしまった、あの日から。仕事中どれだけ傍にいても、今の今まで見ることは一度も出来なかったわ。だから、貴女を傷付けてやろうと思ったのよ。望月雪乃さん貴女が、とても優秀な公安の捜査官である諸伏さん貴方の表情を崩せる、心を動かせる唯一の存在と知った日から」
「……有難う」
腕の中で、笑顔と共にゆっくりと吐き出されたのは、感謝の言葉だった。
「…どうして?」
何故?
「こんな私でも彼の心の支えになれてるんだって、第三者である貴女から、今知ることが出来たから」
「!!」
本気でオレを泣かすつもり、なのか?
嬉しさや愛しさ、切なさ、色んな感情が一瞬で心の中を駆け巡り、溢れ出して止まらない。
「… バカバカしくて、やってられないわ。幕は自分で下ろすから、今直ぐ帰って」
「ああ」
暗い部屋の中には、まだ三人の男が意識を失ったまま倒れている。
彼女はもう二度と、雪乃を危険な目に遭わせることはないだろう。
「謝らない、わよ」
「うん。さようなら」
もう二度と会うことはない。
それでいい。
雪乃の掌をきつく握り締めて部下の横をすれ違うと、部屋を出た。