第1章 *File.1*
呼吸を整えてから、浴槽内をキレイに流すと片付けて、風呂場を出た。
「……帰って、来た?」
ドア越しに物音が聞こえたような気が、する?
ほぼ、丸一日ぶりのご帰還だ。
「おかえり、なさい?」
「……ただい、ま?」
明かりが付いたリビングの扉を少し開けて、声を掛ける。
きっと足音で此処に来るのは分かっていただろう景光が、ゆっくりと振り返った。
「久々だよ。そう言って出迎えてもらったのは」
「……嫌、じゃなかった?」
「嫌どころか嬉しかったよ、有難う」
久々?
何時しかいた、若しくは今現在いる彼女、または妻?
物語自体はそういう設定ではなかったけど、年齢的にもこの世界では有り得ない話ではない、よね?
「あの……」
「どうかした?」
「……今現在ご結婚、若しくは恋人は?もっと早くに聞くべきだったのに、今頃気が付いて、すみません」
「結婚どころか恋人もいないよ。そんなヒマはないし、ゼロみたいにモテないよ、オレは」
「それは……」
かなーり自己評価が低過ぎやしませんか?
貴方、自身の生存説があちこちで語られるぐらい、あっちの世界でどんだけモテると思ってるの!
私がこの世界に来た理由は、これしかないの。
貴方には未だ謎が多すぎて、ホントはあの時、赤井さんに救われて生きているんじゃないか?って。
それに何故、貴方が公安だとバレてしまったのか、未だ分からないまま。
貴方の生死を知ることが出来ずに死んでしまったからこそ、私はこの世界へ来てしまったの。
真相を解明するために?
それとも貴方を助けるために?
だけど、私にその選択肢があるのかどうかさえ、分からないの。
勿論、貴方には何も告げることはない、けれど。
「それは?」
「いえ、何でもないです」
それを、本人にどうやって言えっつうの!
「そう?それより早く髪を乾かして。風邪をひく」
「はい」
お母さん。と、心の中で呟いたら、
「オレの名前は、景光」
根に持ってるよ、この人。
冷ややかな視線と共に、すかさず突っ込みが入った。
「……分かった。景光」
「うん」
可愛すぎる~!
今の笑顔、写真に収めて一生拝みたいっ!
と、私が思ったことまではさすがに読まれなかったみたいで、安心した。