第11章 *File.11*(R18)
「どうかした?」
「んー?何でもない」
キッチンで野菜を切り終わるのを見計らったように、背後からゆっくりと回された、雪乃の両腕。
「…雪乃?」
「もうちょっとだけ」
手にしていた包丁を放して後ろを振り返れば、身長差から胸下に回された腕にぎゅっと力が込められたから、流しで手を洗う。
さっきから、背中に痛いほどの視線は感じていたけれど。
「何か辛いことでもあった?」
「違うー。幸せーとありがとーと申し訳ないーの三つ」
幸せは、今二人で同じ時間を過ごしているから。
有難うと申し訳ない、は…。
「うん、幸せはオレも同じ。感謝の気持ちは受け取るけど、申し訳ないは要らないよ」
「…?」
背中に押し付けていた額を離して、オレを見上げる。
「オレがしたくてしてることだから。こんな時にしか、雪乃を存分にあまやかしてあげられない」
「あまやかすって…」
「思っていた以上に、主夫は楽しいよ」
退院して、まだ数日。
オレは主夫で、雪乃は変わらず仕事に出勤。
雪乃とまだ結婚はしていないから、正確には『主夫』ではないけどね。
期間限定なのは辛いけど、あれこれ一日の予定を立てるのは楽しい。
雪乃がいる時間、いない時間に出来ることをあれこれ考えてみれば、毎日したいことがたくさんありすぎて困るぐらいだ。
雪乃の頬に、チュッとキスを落とす。
「…どれだけ超ハイスペックなイケメンなの」
「こんなオレはイヤですか?」
「寧ろ、相手がわっ!」
私でよかったの?だろう?
予想通りの返事がありそうだっだから、今度はキスをして唇を塞いだ。
「オレは雪乃がいい。他のヒトは要らない」
「…景光」
「オレの隣にいる時は何も気負わなくていいから、ありのままの雪乃でいて」
こうして躊躇いなく素直にあまえてくれるのは、とても嬉しいよ。
何時だってキミは、自分の本音をキレイに隠し通してしまうから。
「……ふふっ」
「?」
大きく瞳を見開いた後にあったのは、少し困ったような、でも何処か幸せを含んだ微笑み。
「私は景光が好きだって、今再確認したの」
「…今から、抱いていい?」
「絶対ダメっ!」
赤い顔でそう言いながら、後退る。