第1章 優等生の皮を被った野獣
そして今更だけど、佐野君にいつの間にか下の名前で呼ばれている事に気づき、家族にしか名前で呼ばれた記憶がないから、今更恥ずかしくなる。
「佐野君、あの、髪を……」
「万次郎でいいよ。俺達、ダチだろ?」
いつから友達と認識してくれていたのか、佐野君は本当に不思議な人だ。
軽く人の心の壁を超えて来るのに、嫌な気はしなくて。
「ほら、万次郎。呼んでみ?」
「えっと……万次郎……」
「うん、よくできましたっ!」
満面の笑みで笑う万次郎に、私も釣られて笑う。
「ほら、やっぱりそうやって笑う方が可愛いっ!」
「か、かわっ!? 可愛くは、ないよっ……」
「いーやっ! 絶対の笑顔、可愛いってっ!」
万次郎の褒め攻撃に困っていると、黒髪が目に入る。
「お前等、女子便の前で何やってんだよ」
呆れたように言う場地君に、万次郎は勢いそのままに食いつく。
「なぁ、場地もの笑顔可愛いと思うだろっ!?」
話が大きくなり過ぎて、いたたまれなくなり、ポーチを握る手に力が入る。
場地君の視線が私に刺さるのが分かり、苦笑してみせる。
「……さぁな。俺そういうの、よく分かんねぇし、興味ねぇ」
目を逸らした場地君に言われ、胸がチクリとした。
今のは、何だろう。
ぶっきらぼうなのはいつもの事だし、特に気にする事じゃないのに。
「わ、私、髪整えたいからっ、万次郎、場地君、またねっ!」
私が逃げるようにトイレへ入る瞬間、背後で万次郎の「またなーっ!」と言う声と、小さく場地君の声で「万次郎……」と呟くのが聞こえた気がしたけど、振り返る勇気はなかった。
午後の授業というのは、眠くなるのは皆同じだろう。
私は、黒板を見つつノートにペンを走らせながら、器用に座りながら眠る場地君をチラチラと盗み見る。
たまにカクンと頭が落ちかけるのを見て、バレないようにクスリと笑う。
「さて、じゃぁ、ここを……場地っ!」
呼ばれた事に気づかない場地君の服を、少し控え目に引っ張る。
「場地君っ、当てられてるよっ……」
小さな声だけど、二回目で場地君の目がゆっくり開いて、こちらを見る。
眠そうに細められ、なのに鋭くて、体がゾクリとした。
変な感覚で、困惑してしまう。