第1章 コルチカム
物心ついたころには父はいなかった。母もあまりかかわりを持つような人だったから希薄な親子関係だったと思う。
祭事や冠婚葬祭などは母担当。炊事洗濯、掃除は私の担当だった。母は私がいなかったからどう生きていたのだろうと思うほど家事をしない。一般の大人がと思うかもしれないが生憎私も人付き合いは苦手で普通というのを知らない。
だからこそ小学校に上がるまでは人ならざる者つまり、妖が話し相手だった。もちろん保育園や幼稚園は今の時代珍しく行っていない。そんな者だったから勿論話をする人間なんていないし、話そうとも思わなかった。
「そうか。というのか。」
穏やかな顔に見えるのは話し方がゆっくりで声が響いているからそう感じたのかもしれない。
あの方。そう三篠様に出会い、救われ、なあなあとした日常に刺激が増えたのだ。
「あのさん。少しいいか?」
義務教育の成れの果て。ただ淡々と過ごす私に話しかけてくる人なんかいたかしら。
久しぶりに三篠様以外の声で呼ばれ文庫本から顔を上げてみる。
「夏目。名前を返す気になったのかしら。」
「いや、ただ話がしてみたくて。」
「はなし、、、。そんなこと言われたのは初めて」
話がしたいなんて言われたことなかったから驚いてしまって。でも少しうれしかった。
うれしかった。
「その妖が見える人っていうのは初めてなんだ。」
夏目は少し目を伏せながら声を小さくして言った。
誰かと下校を共にするのも初めてだな。水色の空に強く橙色を垂らしたかのように夕日がコントラストを見せつけているような空。
やばい。浮かれてて夏目の話を聞いていなかった。
アンニュイな雰囲気を出している隣で、集団下校の初々しさに心躍らせていた。
「さんは、妖のことをどう思っている?」
「憧れかな。」
「怖くないのか?」
「人のほうが怖いもの。」