第2章 ヴァンパイアパロ2
気づいたときにはもう遅かった。
ガンと頭を殴られたように、嗅覚を刺激する物質が脳髄を直撃した。
掻き立てるように甘い匂いが体にまとわりつく。
それは、誘うような優しいものでなく、乱暴に腕ずくで捕らえるような、暴力的なもの。
袋小路に追い込まれ、なす術なく屈するしかない、魅力を持つもの。
――血の匂いだ。
「……っ」
頭がクラクラする。
蜃気楼がかかったように、景色がぐにゃりと歪んだ。
私は、この男の血に、すごく弱い。
猫にとってのまたたび(超強力バージョン)、みたいなものだろうか。
そして凄まじく最悪なことに、そのことを、どうやらこいつは勘づいているらしい。
、、、
つまり、私にわざと襲わせ(多分余裕で返り討ちにされる)、それをダシになにかをするつもりなのだ。
わざわざ、退院したばかりみたいな恰好で“偶然”私と出くわすなんて――どうしてもっと早く気づかなかったんだ!
耀になにか協力させるつもりだろうか?
それとも、菊を本格的に警察へ駆り出す、とかだろうか?
この男なら、どんな要求をしてきたって不思議じゃない。
「どうした? 顔が赤いぜ」
「ち、ちょっと、用事を思い出しました」
「あ、おい」
立ち上がって歩き出すと、視界が急降下する。
世界の反転を阻んだのは、腕を掴む強い力だった。
ふらついてバランスを崩し、すっ転びそうになったところを、ギルベルトに支えられたらしい。
半ばギルベルトに抱きかかえられているような体勢になる。
「行くなよ」
耳元で、低く囁かれた。
ぞくりとするその声に、背筋がびりびりと痺れる。
肩越しに見える白い首筋が、否応なく視線を奪った。
透き通りそうなほど白い、すべらかな肌、隠すように巻かれた包帯、覗く喉仏。
歯を突き立てて、その白を鮮血で汚してみたい。
必死で抱えた思考能力を手放して、理性を放り投げてしまいたい。
むせかえるような甘い匂いが、その源が、間近に迫っていた。
体温が急激に上昇していくような感覚を覚える。
……だめ、なのに――