第2章 偽物の関係でも
この世に、こんな安心だけを感じる声が存在するのか。
背中を摩る優しい手が、更に私の涙腺を刺激した。
「遅ぇから様子見に来て正解だったな」
「この男は俺が処理する」
「ああ、悪いなベンケイ」
最悪な場面を見られてしまった。理由が分からない荒師先輩には、ビッチだと、遊んでいると軽蔑されてしまっただろうか。
やっと仲良くなれたのに、嫌われてしまったかと悲しくなる。
咥えていた気持ち悪さと、この優しい人に見られたくないと思ってしまって、素早く立ち上がってトイレに駆け込む。
便座を上げる事すらせず、便器に顔を突っ込んで、何も出ないのに嘔吐いてしまう。
気持ち悪い、気持ち悪い。
女子トイレなのに、こうも躊躇無く入って来て、私の背中を優しく摩る手が温かい。
何も言わず、ずっと背中を撫でてくれている今牛先輩の優しさが、胸を締め付けた。
落ち着き始めて、うがいを何度もして、やっと一息吐いた。
「もう、平気か?」
「はい……すみません、またご迷惑を……」
目が合わせられず、下を向いたまま笑う私の体が、いい香りと優しい温もりに包まれた。
「お前が悪いわけじゃないだろ、謝るな」
言葉までも優しくて、堪えきれない涙が溢れて零れた。
ダメだ。私はこの人を絶対好きになる。好きにならない理由がない。
やっぱりこのまま一緒にいちゃダメだ。
これ以上好きになるのも、迷惑掛けるのもダメだ。
私は、翌日から今牛先輩から逃げるみたいに、学校にも行かず、寮にも帰らなくなった。
なけなしのお金を握りしめて、数日安くてボロボロのラブホに連泊しながら、顔が分からないようにフードを被り、マスクをした状態で大人のお店の前で立ち止まる。
どの彼氏の時だったか、こういうお店で働かされそうになった事がある。
年を誤魔化せば、働けない事もない緩い店もあると聞いた事があり、背に腹はかえられないし、そういう店なら一人で寂しいとか、余計な事を考えなくてもいいと思った。
適当な店に入ろうとした私の腕が、誰かに掴まれた。
「お前、マジでいい加減にしねぇと、さすがの俺も怒るぞ」
紫と金の髪が目に入り、聞いた事のない低い声にゾクリとした。
怖さと、何故か体が疼くような感覚を覚える。