第1章 ミステリアスな先輩
何処までもいい人で、面倒見がよくて、お節介だ。
「……離して、下さい……」
聞こえているはずなのに、先程よりもっと強い力で、私の手首が再び掴まれた。
本当に困ってしまう。
こんな事されたら、弱い私は甘えてしまいたくなる。
優しくて綺麗な人を、汚い世界に引っ張ってしまっちゃいけないのに。
「ここまで関わって、今更放って置けねぇだろ」
これは、首を縦に振るまで離してくれないやつだ。
「……後悔しても、知らないですよ……」
「何とかなんだろ」
そう言って、今牛先輩は少しだけ口元を笑みの形に変えた。
心臓が、少し跳ねた気がした。
こうして、私は今牛若狭の彼女になった。
今牛先輩との時間は、ゆっくりで静かで、穏やかに過ぎていく。
こんな風に過ごす日常は、ほとんどなかったから新鮮だ。
今日も、静かに本を読む今牛先輩の横で、ただ座っている。
今までの彼氏達とは全く違って、移動の時に手を繋ぐ時と、抱きしめて眠る時以外は、今牛先輩は私に指一本触れる事はしない。
もちろん、暴力もセックスもないし、怖そうな友達と何かして来るわけでもない。
その逆で優し過ぎるのだ。
前は、今牛先輩の友達の、佐野真一郎と明るく自己紹介した先輩に、棒付きの飴を貰ってしまった。
特に今牛先輩とよく一緒にいる、荒師慶三と名乗った先輩が、やたら大きくて見た目は怖いけれど、悪い人ではなくて。
最初は空気みたいに扱われていたのが、最近ではやたらと頭をガシガシと混ぜるみたいに撫でられるようになった。
「まーた、ワカに放置されてんのかぁ?」
「うぅ……髪がボサボサになります……」
ガハハと豪快な笑い方で頭を撫でる荒師先輩に、嘆いてみせる。
今牛先輩の隣でただ座っている私に、気を使ってくれているのか、佐野先輩、明司武臣先輩、荒師先輩はいつも何かしら遊び道具を持って来てくれる。
昨日はトランプで、今日はジェンガが始まってしまった。
平和だ。
「おー、お前上手いじゃん」
佐野先輩が楽しそうに笑いながら褒めてくれる中、明司先輩が真剣な表情でジェンガを見つめて、抜けそうな場所を探している。
今牛先輩と出会って、付き合うようになってから、初めての事ばかりで、凄く楽しい。