第8章 天主砲撃
「………あの男に本当の事を語る必要はない」
そう言って目を逸らした帰蝶に、じゃあ本当の事って?とは怖くて聞けなかった。
「あの男の事で俺たちが言い争う必要はない。それより、傷痕のこと…お前を守るためとは言え嫌なことを思い出させて悪かった」
私の横髪に手を入れて、帰蝶は切ない表情を浮かべる。
「大丈夫。助けてくれてありがとう」
私はその差し込まれた手に自分の手を重ねて感謝を伝えた。
助けがなければ今ごろは…
そう思うだけでまた体に寒気が走った。
あの将軍の目…、あんな目をする人に会ったのは初めてだ。どんな嫌がらせをする人にも後悔や嫉妬、悲しみの色が見え隠れするものだけど、あの人の目には何の情も見えなくて本当に恐ろしかった。
「紗彩 、俺は…」
帰蝶が何か言いかけた時、
「おい帰蝶っ!お前の思った通りだ。あの男、このお姫(ひい)さんを奪いに大軍を寄越しやがったっ!」
元就が声高らかに意気揚々と走って来た。
「やはりそうか…」
帰蝶はそう呟くと、私の横髪に差し込んでいた手を抜いて走って来た元就の方へと体を向けた。
「帰蝶………?」
忌々しそうな、けれども挑戦的にも見える表情を浮かべる帰蝶の元へやって来た元就は私を見てニヤリと笑った。
「よぉ、お姫さん。将軍様のお相手はどうだった?あんな男でもお前を喜ばせてくれたか?」
「………っ!」
「元就よせっ!」
帰蝶は私を帰蝶の背中の後ろへと隠して元就を睨みつけた。
「何だよ、全てお前の筋書き通りだろ?」
元就は悪ぶれる様子もなく帰蝶睨み返す。
「このお姫さんを信長の元へ送り込んだのも、ここへ連れて来たのだって、全て信長を追い込むためだ。違うか?」
(えっ?)
「おっ、知らなかったって顔だな。そうだよなぁ、お前、自分が帰蝶の間者だってことすら気が付いてなかったもんなぁ。このままじゃあ可哀想だから教えてやるよ」
決して可哀想なんて思ってない。元就はそんな笑みを浮かべて私に顔を近づけた。