第1章 私の好きな人
「ダメだ、力…入らないや」
加減は出来ないと言っていた通り、信長様は力の限りに私を抱いたから、体が言うことを聞かない。
「はぁ〜」
立つことをあきらめ布団に再び寝転んだ時、
「情婦様、まだ寝所にいるみたいよ?」
信長様の部屋の掃除に来た女中達の声が聞こえてきた。
「しーーっ、聞こえるわよ」
聞こえるように言ってるくせに、と思いながら、私は布団を頭から被り彼女達の声を遮断する。
情婦様は、城の女性たちの中での私の裏の呼び名だ。
信長様のお気に入りだからと、表面上は良くしてくれているけど、裏では私の事を淫乱な情婦だと噂している。
味方が一人もいないこのお城の中、それでも私はここから逃げるわけにはいかない。
ある人と、そう約束したから……
「あ、今日は約束の日だ!」
約束の日とは、大好きなあの人に会える日!
そう思っただけで、暗い心に光が差した。
身体中に力がみなぎり立ち上がると、着替えを済ませ、情婦様と私の陰口を言っていた女中達の前を抜け天主を後にした。
・・・・・・・・・・
「品物を届けに行ってきます」
仕上がった着物を抱えて私は城下町へと向かう。
目指すは、一軒の呉服屋。
「ごめんください」
暖簾を元気よくくぐると、店の店主が奥からやって来た。
「紗彩様いっらっしゃいませ。奥の部屋でお待ちでございますよ」
「ありがとうございます」
着物を主人に渡して、私は足早にいつもの奥の部屋へと向かう。
襖の前に立ってノックをする。
「紗彩です。入ってもいい?」
「ああ、入れ」
久しぶりに聞く声に、胸が高鳴る。
ドキドキしながら襖を開ければ、
「帰蝶っ!」
私の大好きな人、帰蝶がそこに座っていた。