第7章 変わって行くもの
「?」
「簪だ。貴様に似合う物を贈ると約束したであろう?」
「え?そんな約束……あっ!」
以前、帰蝶に結ってもらった髪を解かれた時…
『この絹のように美しい髪に合う簪を贈ってやる。それまではこのままでいろ』
確かにそう言っていたけど、あの約束のこと……?
手を伸ばして触れてみると、髪飾りのような物がつけられている。見てみないと分からないけど、きっと高価なものなんだろう…
「思った通り、良く似合っている」
私の頬を撫で目を細めて笑う信長様と目を合わせていられなくて、私は再び視線を逸らした。
「ふんっ、可愛げのない……。まぁ良い、酒を注げ」
私の態度に気分を害した信長様は空いた盃を私の方へ差し出した。
「まぁ信長様、お酒なら私たちが…」
信長様の機嫌の悪さを察知した遊女達は、お銚子を手に持ち信長様を囲んだ。
「貴様らは下がれ、あとは紗彩にやらせる」
そんな彼女達を軽く手であしらい、早くしろと盃を更に私に近づけた。
「………」
お銚子を手に取り無言のままその盃へとお酒を注いだ。
信長様はそれをグッと飲み干し、また私の前へと出した。
(何か…話したほうがいいのかな…?)
着物や簪のお礼を本当は言うべきなのかもしれない。
「あの……」
お礼を言おうと思った時、
「あれが情婦様か…」
「確かに綺麗な女子(おなご)だ」
「本能寺でも、坊主相手の情婦だったと聞いておるぞ?」
「大人しそうな顔をしておるが、夜は凄いらしい」
「情婦だからな。あらゆる手管で御館様を惑わしておるのだろう」
「御館様が飽きられた時にはお相手願いたいものだ」
情婦様と、あちらこちらから私を値踏みし嘲笑う声が聞こえて来た。
「っ………」
お銚子を持つ手が震え、それが信長様の盃に当たりカタカタと音を立て、注いでいたお酒を少しこぼした。
「す、すみません」
お銚子を置いて懐から手拭いを取り出し溢れたお酒を拭こうとすると、
「拭かずとも良い」
信長様はそう言って私の手を止め、
次の瞬間、ドンっと、鉄扇で床を叩いた。