第5章 過去の記憶
「分からん、貴様はあの男の娘に傷を負わされたと言うに、腹は立たぬのか?」
「怒りは…もちろんあります。私の場合はどちらかと言えば哀しみのが強いですけど、でも、やり返そうと思った事はありません」
叔母家族からされたことは忘れないし許せない。でもだからと言って仕返しをしようとは思わない。それは、この城の針子達や女中達に対しても同じだ。
静かに平和に暮らしたい……
私が望むのはそれだけだったはずなのに…
帰蝶の愛を手に入れたいと欲張ってしまった結果が今回の一連の事件を引き起こした。
「私がここに来なければ、針子頭も彼女の父も信長様も今回の事件に巻き込まれる事はなかったはずです。全て私のせいです。謝って許される事ではありませんが、申し訳ありませんでした」
それに私は、信長様の運命すらも変えてしまった…
「貴様をここに連れて来たのは俺だ。此度の事も全ては俺の意思の上行った。貴様には何の咎もない」
包帯を巻き終えた信長様は、私の体をまたうつ伏せにしてゆっくりと布団に寝かせてくれた。
「ありがとうございます」
「何かして欲しい事があれば言え」
「……でもここに私がいるとお仕事の邪魔でしょうから、自分の部屋へ戻して下さい」
信長様に監視されているみたいで何だか落ち着かないし…
「貴様は目を離すと何をしでかすか分からん。俺の目の届く場所に置く。何も心配せず良くなることだけを考えろ」
信長様はそう言って私を見下ろし頭を撫でた。
(どうしたんだろう?今日の信長様は本当に優しい)
でも今の私には優しくされる資格はない。
「伽をするのが私の役目だと、だから怪我をするなと言われていたのに自ら怪我をしたのです。こんな女の事はどうか構わず捨て置き下さい。私の……」
私の代わりなんて…と言おうとして言葉を飲み込んだ。