第5章 過去の記憶
「そうか…記憶を失っておるのであったな……」
その震えだけで、紗彩の過ごして来た日々がどれほどのものであったかが理解でき、それ以上追求する気にはなれなかった。
何より、その傷痕さえも紗彩の美しさを引き立たせていて、奴に触れたい欲の方が優った。
紗彩を手に入れこの腕に抱ければそれでよかった。
側に置き気の向いた時に愛でる存在となれば…
だが奴は大人しい見た目からは想像もつかない程強くまっすぐに小生意気な目で俺を見つめ、抱かれる事も何かを強いられることも拒んだ。
それを力づくで捩じ伏せ、圧倒的な力の差を見せつけることで奴の反抗心を恐怖心へと変え大人しくさせた。
ただ大人しく俺に抱かれて甘い声を上げていればいいと思っていたが、操り人形のような奴を腕に抱けば抱くほど、苛立ちと虚しさが付き纏い、奴の全てを欲しいと心が渇いていく。
そして俺の思いとは裏腹に、紗彩はどんどん心を閉ざし諦めたようにここでの生活をしていた。
奴が針子たちや女中達から酷い仕打ちを受けていた事すらも俺に言えぬほどに…
「紗彩貴様は何に怯えている……?」
何かに縋り付くように耐える姿にも唆られるが貴様を傷つけたいわけではない。
「ふっ、答えぬ者に話しかけるなど無意味だな…」
青白くなった紗彩の頬に指を滑らせ信長は独りごちた。