第5章 過去の記憶
命を助けられたからではない。
『大丈夫ですか?立てますかっ?』
そう言って俺を覗き込んだ奴の目があまりに真っ直ぐで綺麗で、目を離せなくなった。
しかも、
『女、貴様は誰だ?』
『私は………』
何かを言いかけた奴はハッと一瞬言葉を止め…
「分かりません。気づけばここにいて…あなたが倒れていました」
記憶喪失なのだと言った。
『俺が、誰とも知らずに助けたと言うのか?』
『?……はい。存じ上げません。思い出せるのは唯一自分の名前だけ..。私は、紗彩と申します』
嘘を言っている事はすぐに分かった。
だが怯える紗彩の目の奥に隠された覚悟の様にもとれる秘めた強さに惹かれ目が離せなかった。
『紗彩か。俺は織田信長だ』
『織田…信長様………?』
『何だ、本当に分からんのか?』
色々な嘘偽りを見てきたが、ここまで下手な芝居を打つ者も珍しい。だからこそ、とことん付き合ってやりたくなった。
『ふっ、面白い。貴様がどんな女かはこれからじっくりと確かめる』
この時点で既に俺は奴に落ちていたのだろう。
『政宗、この女を安土まで連れて来い。俺は先に戻る』
『はっ!』
様々な女を相手にして来たが、会って二言三言交わしただけですぐに城に連れて帰りたいと思った女は紗彩が初めてだった。
そして紗彩はまるで俺に攫われることが分かっていたかのように、その時は何の抵抗をすることもなくこの城へと攫われて来た。
謎だらけの美しい女を城へと攫い手篭めにしようと着物を剥ぎ取れば、白い肌に不釣り合いな程謎だらけの傷痕を身体中に刻んでいた。
「この傷は…如何した………?」
鼻から記憶喪失だと思っていない俺は紗彩の火傷の痕に触れながら奴に問いかけた。
ビクッと背中が跳ねて奴が息を呑んだのが分かった。
「………っ、なにも思い出せません」
俺に抱かれるからではない、体の奥底に染みついた震えが奴の背中を震わした。