第5章 過去の記憶
「……っ、そう言うのを溺れてるって言うんですよ」
「溺れておる…か。言い得て妙だな」
「何納得してるんですか。勘弁してくださいよ。これ化膿止めの軟膏と替えの包帯、あと刀傷は特に初めて斬られた時は熱が出ますから、熱冷まし置いていきますから縫合後は信長様でやって下さいよ」
「貴様に言われずともそうする。あと、傷痕の事は忘れよ!金輪際思い出すことも許さん!」
(奴の肌や傷痕を見て触れていいのは俺だけだ)
「……分かってます」
紗彩の刀傷を家康が縫合して行く。
(命に別状はないと言っても塗り薬だけでは済まない。確実に奴の体に残る傷だ……)
「ああ、あとあの男の事どうするのか聞いとけって秀吉さんが…」
縫合を続けながら家康は秀吉からの伝言を伝える。
紗彩を斬ったあの男か……
紗彩があの時俺を止めなければ、確実に体を真っ二つに割いて殺していた。目の前で傷を受け処置を受ける紗彩を見れば尚のこと、今も切り裂いてやりたい気持ちは変わらぬが……
『だめ、これ以上殺さないで…お願いします。どうか……全部私が悪いんです…私のせいで人が死ぬのは見たくありませ………』
俺の腕の中で怯えてばかりの紗彩が身を挺してまで止めたのだ…聞かぬわけには行くまい。
「針子頭の退職金として金を持たせて織田領より追い出せ」
「……分かりました。そう伝えておきます」
助けるのかと聞きたげに目を見開き驚いた家康は、紗彩の傷の縫合を終えると頭を軽く下げて部屋から出て行った。
家康がいなくなり、痛痛しく切られた紗彩の傷口に化膿止めを塗り包帯を巻いていく。
華奢な体はいつもよりも細く見える。
「いや…かなり痩せたな………」
そんな事すら気づかずに俺は紗彩を力づくで抱いていた。
「紗彩………」
あの日、あの本能寺の夜、一目で俺の心を掴んだ女……