第5章 過去の記憶
「紗彩っしっかりしろっ!」
信長は背中を斬られ意識を失った紗彩を抱き上げ天主の部屋へと急ぐ。
「信長様っ!」
騒ぎを聞きつけた家康がそれに追いつき同時に天主へと入った。
布団に紗彩をうつ伏せに寝かせて着物を短刀で切り裂いて行く。
真っ赤に染まった襦袢も切り裂くと傷口が露わになった。
「っ、結構深く斬られてますね…」
傷口を見て、家康の喉がゴクリとなった。
華奢な背中に刻まれた縦一文字の刀傷…
「必ず助けよ!」
「この深さなら命に別状はありません…けどこの傷……」
家康が息を飲んだのは刀の切り傷だけではなく、紗彩の背中の火傷の痕と、無数に散らばる折檻の痕……
「紗彩の歩んできた人生の跡だ。こやつの人生は想像以上に辛いものであったのだろう。記憶を思い出せんと誤魔化すほどにな……」
顔色一つ変えず人を薙ぎ倒す信長が苦しそうに紗彩の事を言葉にする。
「誤魔化すって……やはり信長様は気づいてたんですね。この子の記憶が失われていないって事に…」
「ふっ、こやつは嘘が下手だからな」
(だがそんな事はどうでもよかった)
「あの日、本能寺にいたって事は、京のどこかで暮らしていて逃げて来たんでしょうか?」
「分からん。だが奴の言葉に京の言葉は混ざっていない。どこかから売られて来て酷い扱いを受けていたのやもしれん」
恐らくはそこから逃げて来てあの日本能寺に隠れておったのであろう…
だが俺を助け、俺が奴を攫った事で奴は幸か不幸か京の地より逃げ出す事ができた……
「記憶を忘れたと言わねば、俺が根掘り葉掘りこの傷のことを聞き出し送り返されるとでも思ったのであろう……。バカな奴だ、何があろうと手放す事はないと言うに……」
信長は紗彩の髪を一房手に取り愛おしそうに口づける。
「この子のこと、本気なんですね……」
「さあな。だが手当てのためとは言えこやつの素肌を見て触れている貴様を斬りたくなる衝動に駆られる程には惚れている自覚はある」
気持ちが良いほどにキッパリと信長は気持ちを言い切る。