第1章 私の好きな人
「紗彩、早くしろ」
「………はい」
(甲冑くらい自分で外せばいいのに…)
仁王立ちで待つ信長様の元へと行き外しかけの甲冑の紐に手をつける。
「不満そうだな」
「そんな事は……っ、」
解いた紐からぶわっと、血の匂いがして吐き気を誘った。
「ぅ…っ」
口に手を当て吐き気をこらえる。
「まだ慣れんのか?」
そんな私を見て信長様は呆れた声を出した。
「慣れるわけありません……ぅ、」
血と金属の匂いは、一番思い出したくない事を強引に思い出させる。
サーっと血の気が引いていくのが分かる。
視界が白み出し意識が一瞬遠のいた。
「紗彩っ!」
ガシッと、逞しい腕がふらついた私の体を支え、それにより意識が再浮上する。
「これくらいで倒れておっては俺の女はつとまらん、いい加減慣れよ」
「……っ、慣れる事はできません。それに信長様のおっしゃる通り私には信長様のお相手は務まりません。ですから私ではなく他の女性をどうかお側に…」
先程の女中達も、その他の城に勤める女達も皆、信長様のお声がかかるのを待っている事は知っている。
こんな恐ろしい男でも、寵愛を受ければ天下人の女になれる。皆そのポジションを密かに狙っている。
「……貴様、俺に意見するか」
信長様の眉間に皺が刻まれ、低い声はさらに低く唸った。
「そ、そう言うわけでは、きゃあっ!」
私を支えていた腕が、次は私を畳へ突き飛ばした。
(っ、怒らせたっ!?)
「もう良い」
不機嫌を顔中に滲ませ、信長様は自分で甲冑を外して投げた。
「湯浴みに行く」
「は、はい。今用意を…」
これ以上怒らせないようにと、私は急いで立ち上がった。
「良い、紗彩、貴様は天主で待て」
「え……?」
「後でたっぷり可愛がってやる」
私の着物の袷に指を滑らせ不敵に笑うと、信長様は部屋から出て行った。