第3章 記憶喪失の女
「……っ!」
「そう怯えるな、咎めはせん」
掴んだ手を信長様の口元へと寄せ、信長様は私の指先に唇を寄せた。
「だが俺が誰を抱くかは俺が決める。貴様は俺の女で俺のものだ。今後は余計な口出しは許さん」
「はい……」
「分かればいい、もう少し眠れ」
私の顔を信長様の胸に寄せ、眠るように促される。
本当はもう起きる時間だ。
昨日も仕事に遅れて行ったから、二日連続はさすがに避けたい。
でも閉じ込められた腕の中はいつもより温かで心地よくて…、私はそのまま目をつぶって再び眠りへと落ちてしまった……
・・・・・・・・・・
「おはようございます。今日も宜しくお願いします」
あの後何とか起きて朝餉を済ませ、少し遅れたものの作業時間内に針子部屋へと入ることができた。
針子部屋ではお城の中で使われる着物や小物を主に制作修理したり、外部からの仕立ても請け負っている。
記憶を無くした事にはしたものの、何もしないでこの城にいると考えたくない事ばかりを考えてしまうため、針仕事なら思い出せそうだからと、この針子部屋での仕事に就かせてもらった。
そう、帰蝶はこんな事すらも視野に入れていた。
私と定期的に会うには外にお使いに出られる仕事がいいと、針子仕事につくよう言われていた。
彼は未来にいた時から私を和裁と着付けの教室に通わせてくれたから、多少の違いはあれど余り戸惑うことなくこの仕事につく事ができた。
けれども、問題はそこではなく別のところにあった。
「あの、すみません。ここに置いてあった私の仕立て中の着物、見かけた方いらっしゃいませんか?」
自分が仕立てていた着物が見当たらない。
「…………」
針子達は誰も私の言葉に反応せず黙々と作業を進める。
(ついに、始まったかな……)
経験したことのあるこの感じに、何を言っても答えは返ってこないと分かる。
「無くしたみたいなので探して来ます」
もうこの部屋にはないのだろう。
軽くお辞儀をして部屋を出た。