第12章 愛しき者の正体
「あの女は、紗彩は優しかろう?」
帰蝶は尚も挑発を続ける。
「初めて紗彩を抱いた時、あの女は破瓜の痛みに耐えながらも俺は辛くないのかと気遣う愚かなほど優しい女だった」
うすら笑いを浮かべる帰蝶に、やはり込み上げるのは怒りではなく紗彩の悲しそうな顔だ。
「訂正しろ、奴は愚かではない」
うつけと呼ばれて来た俺も大概だが、この男も相当に狂っておる。
「なぜ惚れた女を平気で差し出した?」
「それがこの戦国の習いだろう?愛した女であれ娘であれ己の目的のために使う。この時代のやり方に倣ったまでの事。お前とて、己の妹たちを好きでもない男の元へと嫁がせその国を攻め滅ぼし不幸に貶めている張本人ではないか」
「否定はせん」
己の野望のためならば使えるものは使う。
その考えに今も変わりはない。
「紗彩は何者だ」
帰蝶の挑発に乗るつもりはない。
今はただ、紗彩を救う手立てを探らねばならん。
「そんなことを今更聞いてどうする?どの道あの女は間もなく死ぬ」
「やはり、紗彩の体調不良の原因を知っておるな」
「知っているも何も、紗彩の体調不良の原因は全てお前がもたらしているものだ」
「なに?」
(紗彩の不調が俺のせいだと…!?)
「紗彩は、俺が500年先の未来から連れて来た。お前と言う戦乱の世になくてはならない火種を生かしこの乱世を終わらせぬためにな」
「…………」
いつもの俺ならば戯言だと言って聞き流す所だが、戯言として聞き流すことは出来ぬほどの情報を詰め込んだその内容に、一瞬言葉を失った。
「500年先の未来と言ったか……、して、貴様はそんな先の未来へどう渡ったと言うのだ?」
「俺が突然織田軍から消えた時、あの時に、ワームホールと言う時空の歪みに飲み込まれ500年先の未来へと飛ばされた」
帰蝶との付き合いは決して短くはなく、この男はそんな嘘や冗談を言う男ではない。
「ふん、信じられないと言った顔だな。だがまことの事だ」
紗彩が未来から来た者?
だが、その突拍子もない言葉が妙にしっくりと来た。