第12章 愛しき者の正体
呉服屋のあった長屋へと着いた。
商いの地を変え主人のいなくなったそこは、空き家と化していた。
ここは、紗彩が城の外へ出る唯一の場所と言っても過言ではなかった場所だ。
本当は、城の外へ一人で出すのは憚られたが、奴にとって気分転換になるのならと容認していた。
家屋の中へと入り、慎重に一部屋一部屋を確認して行く。
「ようやく来たか」
最奥の部屋で帰蝶は俺を待ち構えていた。
「久しいな帰蝶」
「ここに辿り着くのに随分と時間がかかった様だな。魔王と呼ばれるお前でも、惚れた女のことだと判断が鈍るらしい」
俺を怒らせたいのか…、帰蝶の口からは挑発的な言葉が飛び出す。
「紗彩の様子がおかしくなるのは、決まってこの呉服屋を訪れた時である事はとっくに気づいていた」
だが当初は、呉服屋の中の誰かしらに仮想しておるのだと思っていた。
呉服屋で何をしていたのかと問い詰める度に、恐れ慄く奴が途中から哀れに思い、深くまで探ることをやめただけだ。
「様子がおかしくなるのも無理はない。ここは、この部屋は愛しい男(俺)との逢瀬の場所であったからな」
帰蝶は優越感を含んだ笑みを浮かべた。
「帰蝶、貴様、俺の元で何を学んで来た?過去の栄光に縋るなど愚かな事だと、教えてやったはずだが……?」
「何が言いたい?」
「紗彩の心が過去に誰にあろうが関係ない。奴は今俺の元にいる。それが答えで全てだ」
「ふっ、強がるな。内心は嫉妬の嵐で渦巻いている癖に」
俺を、感情的にさせたいのだろうが、
「その言葉、そのまま貴様に返してやる」
他者を寄せ付けぬ貴様が紗彩を側に置いたとは、そういうことであろう。
それに、何を言われても頭に浮かぶのは悲しむ紗彩の顔だけで、怒りは湧いてこぬ。