第12章 愛しき者の正体
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眠る紗彩の髪を掻き分ければ、針子頭につけられた傷がまだ薄っすらと残っている。
この傷をつけられた時、俺のせいだと分かってはいても奴を手放せないと思ったが、
「もし此度の事が、己の大望のため、何万の命を奪った俺への報いなのだとしても、俺はやはり貴様を手放せそうにない」
俺はこの先もっと命を奪う。そんな俺が温もりを手に入れて良いはずがないと分かってはいるが、
「紗彩、許せ」
許されぬと分かっていても、俺は貴様に触れずにはいられない。
「信長様、薬湯をお持ちしました」
眠る紗彩に話しかけている所へ、家康が紗彩に煎じた薬を持ってやって来た。
「家康、人とは飲まず食わずでどれほど生きられる?」
俺はその薬を受け取り疑問を口した。
「水を飲まなければ三日、食は七日程だと聞いたことがありますが、それもまた人それぞれかと。実際、兵糧攻めに遭った者達はそれ以上に生きますからね」
「そうだな」
だがそれは百戦錬磨の戦人ならではの話で、紗彩の体でそれほど保つとは考えづらい。
「思いつく限りの滋養はこの薬湯の中に煎じておきましたから。全部飲ませて下さい」
「ふっ、この苦味は何とかならんのか?」
眠っているとは言え辛かろうに…
「まぁ、文句の一つでも言うために起きてくれればいいんですけど、でもこの子はどんなに苦くても文句を言わずに飲み切ると俺は思いますけど」
「そうだな」
耐える事が芯から身に付いている女だ。どれほど苦かろうと文句は言わぬであろうな。
「じゃあ俺はこれで」
家康の言葉に妙に納得をしている間に家康は部屋を去り、次は秀吉がやって来た。
「信長様、堺にいた慶次が戻って来て目通りを願っておりますが」
「前田慶次か」
織田軍からいなくなったと思えば、堺に潜入していたと連絡を寄越して来て、今度は戻って来たか。
天主砲撃の件では、奴の知らせがなければ敵を素早く突き止める事も、紗彩を助け出すこともできなかったからな。
「礼は言わねばならんな。部屋に通せ」
「はっ!」
慶次が部屋に来るまでの間、俺は薬を口に含んで紗彩に飲ませた。
「勝手に死ぬことは許さん。必ず目覚めよ!」
奴にそう言い残して、俺は隣の部屋へと移動した。