第12章 愛しき者の正体
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「紗彩、貴様も飲め」
あの夜、俺は初めて紗彩に酒を勧めた。
「…あ、私はお酒は……」
どうせ断るだろうと思っていたが、断りの言葉を言いかけた紗彩は少し考えたあと、
「はい。頂きます」
予想外にそう答えて微笑んだ。
「良い答えだ」
酒を共に飲む。
たったそれだけの事で胸の内がくすぐられる様な感覚がして、俺は膳に置いてある盃に酒を注いで紗彩に渡した。
「ありがとうございます」
盃に口をつける奴の綺麗な形の唇に目を奪われていると、コクンとその細い喉が動いて酒を飲み込んだ。
「わっ、喉が熱いです」
まるで子供の様に驚き目を丸くする紗彩の予想外の反応にまた胸の内がくすぐられた。
「初めて飲むのか?」
(初々しい反応だな)
「分かりません。でも、多分初めてだと思います。こんな、喉が熱くなるなんて…それに、思っていた味と違いました。信長様はいつも美味しそうに飲まれているので……」
苦そうな顔に驚きの顔、そして時折見せる笑顔…
紗彩が見せる仕草は何一つとして見逃したくない。
「美味そう…か。そうだな、これを上手いと思えるようになったのはいつからかなど、もう思い出せん」
「信長様も、最初は苦いと思いましたか?」
「思った。思ったが平気なフリをして煽るように飲んで、誰にも見つからぬよう部屋へ戻ってぶっ倒れたな」
昔を思い出すなど無意味だと思っていたが、紗彩とこうして話をする事は有意義なことの様に思えるから不思議だ。
「そんな信長様、想像がつきません」
紗彩はそう言って目を丸くする。
「あの頃は生き急いでいたからな。誰にも足元を見られぬようにと必死であった」
そして俺はそんな奴の表情に見惚れながら、言う必要もない過去を打ち明けた。
「そうなんですね」
そんな俺の話に相槌を打ち、紗彩は盃の酒を飲み干した。
「まだ飲むか?」
「いえ、もうお腹までポカポカしてますから大丈夫です。でも、多分初めてのお酒だったと思うので嬉しかったです。ご馳走様でした」
熱くなったと言う腹をさすりながら笑う紗彩に俺の余裕は簡単に崩され、盃を膳に戻す奴の手を取り折れそうに細い指を絡め取った。