第12章 愛しき者の正体
「……ふっ、何かに期待をするなど俺らしくもない」
紗彩の布団の横に腰を下ろして奴の滑らかな頬に指を滑らした。
「紗彩、そろそろ起きよ。眠り続けるのも疲れるであろう」
答えぬ者に話しかける事も無意味だと分かっているのに、それでも話しかけずにはいられない。
一体何が原因なのか…
眠る紗彩の顔色は決して悪くはなく熱がある訳でもない。
紗彩の体がおかしくなり始めたのは母上がこの城に来た辺りからだ。
初めは、ただの疲労から来るものであると思っていたが、倒れる度に奴が目覚めるまでの時間が長くなっている事が気にはなっていた。
だがそれ以上に、紗彩の俺に対する態度の変化の方に俺は気を取られていた。
あれ程に拒んでいた俺との口づけを奴が受け入れたからだ。
それ以降は見つめれば口づけたくなり、それに応える紗彩に堪らなく心を持っていかれ、奴の体調の変化はなおざりになっていたことは否めない。
「紗彩、俺がどれほどにあの瞬間を待ち侘びたのか分かっておるのか?」
力づくで言うことを聞かせて来た紗彩は、俺が手を伸ばすだけで表情をこわばらせ怯える様になっていて、その事に俺は少なからず動揺していた。
そうしたのは己のはずなのに、俺に怯えるばかりの紗彩に胸がざわつき抉られるような感覚に陥った。
そんな紗彩が少しづつ変化を見せ始め、母上の一件以降は共に過ごすことが自然なことの様に思えるほど、俺たちの関係性は変わり始めた。
腕を伸ばせばそれを自然と受け止め視線を絡み合わせ、そして目を瞑って口づけを受け止める。あれ程に胸を熱くさせるものを他には知らない。
溺れているだけではない。
俺は、紗彩に惚れている。
そして紗彩も同じ気持ちなのではないかと、あの夜、久しぶりに紗彩を抱いた夜にそう思った。