第11章 別れの準備
・・・・・・・・・・
「紗彩、貴様も飲め」
その夜は、信長様が私にお酒を勧めてくれた。
「…あ、私はお酒は……」
飲めませんって断ろうと思ったけど、もうここは500年後の世界じゃない。
少しくらい羽目を外したって良いよね?
「はい。頂きます」
私の返答に信長様は予想外だったのか、一瞬目を見開いたけど、
「良い答えだ」
すぐに優しく目を細めて、膳に置いてある盃にお酒を注いで私に渡してくれた。
「ありがとうございます」
盃のお酒を一口。
「わっ、喉が熱いです」
「初めて飲むのか?」
「わかりません。でも、多分初めてだと思います。こんな、喉が熱くなるなんて…それに、思っていた味と違いました。信長様はいつも美味しそうに飲まれているので……」
初めてのお酒の味は、ただ苦くて熱くて、決して美味しいとは思えない。
「美味そう…か。そうだな、これを上手いと思えるようになったのはいつからかなど、もう思い出せん」
「信長様も、最初は苦いと思いましたか?」
「思った。思ったが平気なフリをして煽るように飲んで、誰にも見つからぬよう部屋へ戻ってぶっ倒れたな」
その頃を思い出しているのか、信長様は盃を片手にクックックッと笑い出した。
「そんな信長様、想像がつきません」
「あの頃は生き急いでいたからな。誰にも足元を見られぬようにと必死であった」
「そうなんですね」
憂いを帯びた目で思い出を語る信長様は、ぐいっとお酒を飲み干し、私はその盃にお酒を注いだ。
「まだ飲むか?」
「いえ、もうお腹までポカポカしてますから大丈夫です。でも、多分初めてのお酒だったと思うので嬉しかったです。ご馳走様でした」
記憶を失ったフリなんて…本当はもう意味がないんじゃないかと思うけど、仕方がない。
盃を膳に戻すと、その手を取られて長い指が私の指を絡め取った。