第11章 別れの準備
いつもは自信に満ち溢れている紅の目が、不安定に揺れている。
「まだ寝ていた影響で体にあまり力が入りませんが大丈夫ですから、心配しないで下さい」
(ちゃんと、笑えているだろうか?)
信長様の不安が少しでも和らぐ様にと、精一杯の笑顔を作った。
「間も無く医師が来る。よく診てもらえ」
「はい」
(よく診てもらっても、もうこの病は治らない)
喉元まで出そうになる言葉をグッと飲み込んで返事をした。
「あの日、なぜ城下へと行った?」
抱きしめる腕を解いて私を布団へ寝かせた信長様は、私があの日城下町にいた理由を聞いて来た。
「あの日は、呉服屋の方々にお別れを言いに行っていました」
「前日に店の主人が挨拶に来たと聞いておるが?」
「お店のその他の方々にもお礼とお別れを言いたくて…、まだ何も分からない私に親切にして頂きましたから…」
「………そうか」
納得はしていない顔。
「次からは必ず花も連れて行け。単独行動は許さん」
でも何かを飲み込んだように少し間を置いてから、信長様はそう言った。
「はい。すみませんでした」
あの日、誰にも何も告げずに城を出た私を、きっとすごく探してくれたんだろう。
だって、薄れ行く意識の中でも、私を抱き止めた信長様の額には汗が滲んでいる事が分かったから…
「紗彩」
信長様の顔が近づき唇が重ねられた。
「んっ……、あのっ、感染ったりしたら……」
「感染せば良いと言っている。貴様の不調は全て俺が拭い去ってやる」
「っん、」
重ねられた舌は私の悪い所を全て吸い取ろうとでも言う様に、口内へと侵入して余すとこなく舐め回す。
「っふ、んぅ、」
不調の原因は歴史を変えたからであって感染るわけはないのだと知っている。
だけど、私の持つ悪い気みたいなのが信長様に感染ってしまったらどうしよう……
そう思うのに、
「んっ」
口づけから伝わる気持ちがうれしくて離れがたくて…受け止めてしまう。
「早く治せ」
「……っ、はぁ、はい」
軽く息の上がった私を満足そうに見つめると、信長様は私の頬を一撫でして部屋から出て行った。
(あと何回、こんなキスができるんだろう…?)
唇に指を当てて信長様が灯していった熱を感じながら、自分の命が後どれほどなのかと、考えていた。