第10章 真っ白なページ
次の日、私は花がいない隙にお城を抜け出し帰蝶のいる呉服屋へ行った。
「紗彩様、奥の部屋へどうぞ」
昨日も会った店の主人が笑みを浮かべ私を出迎える。
軽く会釈をしていつもの部屋へと足を向けた。
緊張でギュッと握られた手には嫌な汗が滲んでる。
あんなにもここに来る事を楽しみにしていたのに、今は帰蝶に会うことが怖くて仕方がない。
本当は、聞きたい事がたくさんある。確かめたいこともたくさんある。でも、聞いて得られる答えが辛いものだと思うと出来ない。
「紗彩です」
「…………入れ」
(ああ…帰蝶の声……)
この声を聞いただけでなぜか涙が込み上げてきて、瞬きを繰り返して目頭に溜まりそうになった涙を引っ込めた。
襖を開ければ怖いほどに整った顔が私を見つめて座っている。
どうして?
どうしてあの日私を助けたの?
どうして私に優しくしたの?
どうして私を置いて逃げたの?
どうして……
彼の顔を見た途端に、色々な”どうして”が頭の中を駆け巡る。
「どうした?こっちへ来て座れ」
「あ、うん」
まるで何もなかった様な、いつも通りの帰蝶に戸惑いながらも彼の前に座った。
久しぶりに会う彼は少し痩せた様に思う。
それに、目の下のクマも前よりも濃くなった気がする。
「顔色悪いけどちゃんと寝てる?食べてる?今、どこにいるの?」
自然とそんな質問を口にしていた。
「ふっ、」
そして、そんな私の言葉を聞いて、帰蝶はため息混じりに笑みを浮かべた。
「どんな恨みつらみを言われるのかと思えば俺の心配とは…、お前は、何があってもお前のままだな」
スッと、帰蝶の手が私の頬に触れた。
「……っ」
優しい目。
帰蝶だって変わらないように見えるのに、その優しさをもう信じる事ができない。
大好きだった萌黄色の瞳を見るのが辛くてその視線から目を逸らした。