第10章 真っ白なページ
(文?)
あの呉服屋で言葉を交わしたことがあるのはこの目の前のご主人だけだ。
とすればこの文は……
恐る恐る手を伸ばして文を手に取った。
(……あ、)
その文からは、ふわりと帰蝶の香水の香りがした。
「確かにお渡しいたしました。それでは私はこれで失礼いたします」
ご主人は、今まで見せたこのない歪な笑みを私に見せた。必ずこの文を読めと言っているようで、この人もまたこの乱世の人なのだと思い、背筋がぞくりと寒気を覚えた。
呉服屋の主人が去った後、私はその文をその客間で読む事にし開いた。
中身は思った通り、帰蝶の文字。
〔体調に変化はないか?〕
身バレを防ぐため、誰宛で誰からなどは全く書かれていない短い内容の手紙は、そんな言葉で始まっていた。
(私の体調不良を知ってるって事は、今でも帰蝶の密偵がこの城内にいるって事だ)
〔体調不良の理由を知りたければ、明日いつもの場所に来い〕
たったそれだけしか書かれていなかったけれど、文を持つ手が震え出した。
(帰蝶は…何か知ってるって事……!?
私の体調不良の原因が病ではないのかもしれない?)
そう言えばあの時、毛利元就と帰蝶が信長様の軍から逃げる時、彼は私にこう言っていた。
『体調はどうだ?』
『え?』
『無理をせずお前の人生を生きろ』
急になぜ体調の心配なんかってあの時は思ったけど…、彼は私がこうなる事を知っていた……!?
もう会わないと決めていたのに、この文を読む前は、手紙の内容が何であれ絶対に会わないって思っていたのに……
たった二行の文章は、私の決心を揺るがせるには十分な内容だった。