第10章 真っ白なページ
「え、私にお客様?」
私の侍女となった花が、私に来客だと伝えに来てくれた。
「はい。以前紗彩様が担当されていた呉服屋の主人がお店をたたむそうで、その挨拶にといらしてますが、いかが致しましょう?」
「あ、呉服屋の…そうですね……..」
私が担当していた呉服屋とは、帰蝶と密会をする為に安土城下に構えられた呉服屋で、その主人とは帰蝶の配下の者だ。
私が帰蝶に攫われ堺に行って以降、体調が良くなかった事もあり城下へ出かけることがなくなっていたから、彼の方から何か帰蝶の伝言を持って来たって事なのだろう。
それに、店をたたむって事は、帰蝶と私の唯一の接点であった場所をなくすと言う事。
帰蝶はもう、私の協力などを必要としなくても良くなったって事だ。
(でもじゃあ何で遣いの者を立てたんだろう?)
「紗彩様?」
「あ……そうね、お会いするわ」
(もしかしたら本当に引っ越しの挨拶に来てくれたのかもしれない)
帰蝶が私に用事があるとも思えなくて、 私もお世話になったお礼はしようと思い、呉服屋の主人が待つ客間へと行った。
「こんにちは。お待たせしました」
「紗彩様、ご無沙汰しております」
主人はお店で会っていた時と同じ、物腰柔らかに微笑んで頭を軽く下げた。
(普通に、振る舞ったほうがいいよね?)
花は何も知らないし、知らない方がいい。
私の侍女に立候補してくれたと言う優しい彼女を何かに巻き込む事だけは避けたいし、呉服屋の主人も敵の拠点で身バレするような言動はしないだろう。
「お引っ越しをされると伺いました。どこか別の場所で商いをされるのですか?」
「はい。堺で異国の商品を扱う事になりまして。紗彩様にこうしてお別れの挨拶に参った所存でございます」
「そうですか。ありがとうございます」
堺と言う事は、やはり帰蝶の元に戻るんだろうか?
でもあの館は確か、信長様たちの軍が掌握していて帰蝶たちの行方は分かっていないと聞いているけど……
「私の店の者も紗彩様に宜しく伝えて欲しいと言っておりまして、この様に文をことづかって参りました。受け取って頂けますでしょうか」
主人はそう言って文を私の前にスーッと置いた。