第9章 ぬくもり
「……っ側女如きが偉そうに…、誰に向かってものを言っているのです!」
母上様は、杖を持つ手を振るわせて私を睨みつけた。
「すみません。でも…、信長様は優しい方です」
「黙りなさいっ!」
ドンっと、母上様は杖を地面に強く突いて私を牽制し、信長様へ厳しい視線を向けた。
「信長、そなたの躍進はそなた一人の手柄などでは決してない!そなたの兄弟や親族、家臣、民の全ての犠牲の上に成り立っているのですっ!」
「そんな事、言われずとも分かっておる」
信長様は腕で私を庇うようにして母上様へ言い返した。
「ならばそなたの言う天下布武を成し遂げるその日まで、決して死んではなりませんっ!」
「俺は死なん」
「私より先に死ぬことも許しません」
(?母上様……?)
「そなたの業はこの母の業でもあります。数多の命を奪ったそなたの業はあまりにも深い。おのが道を全うし死する時は、この母が共に地獄へと行き罪を償います。ですから、決してこの母より先に死んではなりません!」
「何が言いたい?」
「私が先に地獄でそなたを待つと言っているのです。幼き頃からそなたとは一緒に過ごせなかった分、地獄で共に罪を償いそなたと過ごすことと致しましょう」
「………」
意外な言葉に驚いたのは、多分私だけではなかったはず。
信長様を恨み嫌っていると思っていた母上様の言葉から出たのは、ストレートな物言いではなかったけど、確かに息子を思う気持ちだった。
ああ…どうして実の親子じゃないなんて思ったんだろう。だって母上様は、ここに来た時に確かこう言っていた。
『城が砲撃を受けたと聞いて様子を見に来た』って。
最初から信長様の事が心配で来たのだと言っていた。
こうして二人を見れば、信長様の目は母上様にとても似ておられる。
「また来ます。それまでは決して死んではなりませんよ」
そう言って去って行く母上様の背中を、信長様は無言で見つめていた。