第9章 ぬくもり
「まだおったのか……」
信長様の声がワントーン下がる。
「そのように睨まずとも今からここを発ちます。ここにいても、うつけの息子の嫌味と卑しい女の声しか聞こえて来ず不愉快でなりませんからね!」
そう言って不快感を露わにする母上様は、傘をかぶり片手には杖を持ちと旅の装いで、本当に今からお城を発たれるようだ。
「訂正しろ。紗彩は卑しい女では無い。いずれはこの織田家の女達の頂点に立つ女だ。母上と言えど無礼は許さぬ」
縁側に座る私たちの前にツカツカとやって来た母上様を信長様は睨みつけた。
「その様な女を正室に迎えるつもりですかっ!」
「ああ、そう遠く無いうちにそうするつもりだ」
「恐ろしい!旦那様が必死で守り大きくして来たこの織田家をあなたは潰す気ですかっ!」
「親父の頃とは比べ物にならぬほどに領土は広げている。天下統一は間も無くだ」
「悪魔の様なそなたの統べる日ノ本など長くは持ちますまい!織田家は其方のせいでそう遠く無い未来に滅びるでしょう」
「ふっ、また貴様の息子を刺客にでも送り込む気か?」
「っ………」
「あの…もうやめて下さい」
親子のことだから、口を出してはいけないと思っていたけど限界が来た。
「二人とも、やめて下さい」
拗れた関係は簡単に戻らないって分かってるけど、
「もう、お互いに傷つけ合うのをやめて下さい」
でもこんなの間違ってる。
「傷つかない人間なんていません。信長様の母上様が色々と傷ついたように、信長様だって傷つくんです。だけど、あなたがそうやって信長様をいつも罵り罵声を浴びせるから、信長様は傷ついていないフリが上手くなってしまっただけです」
人は、本当に苦しい時は何も言えない。ましてや、無償の愛情を与えられるはずだった親に冷たくあしらわれては、すがるものが何も無くなってしまう。
「あなたは信長様の本当の母上様なのに、なぜ信長様をこんなに苦しめるのですか?こんな世の中で、生きていることが奇跡のようなこの戦国の世で、信長様は戦に勝って織田家の為に頑張っておられるのに……」
人を殺める事も、魔王と呼ばれ恐れられている事も、信長様は全てを受け止めてそれでも前に進んでいるのに……!