第9章 ぬくもり
一体、何が起きてる?
紗彩が俺を押し倒したのか?
障子を開け放った部屋には月の光が差し込み、俺の上に乗る紗彩を艶かしく照らし出す。
(まことの天女の様だな…)
本能寺で俺の命を救った女に一目惚れをした。
そう言ってしまえばそれまでだが、紗彩にこれほどまでに惹かれる理由は何なのかは分からない。
女など、一夜の情事を楽しめればそれで良かった。
美しい顔をした寡黙な女など、一番面白みにかけそうなものを…、その姿を見ればいつまでも目で追いたくなり、やがて見ていない時でも何をしているのかと気になる様になった。
俺の知らぬ髪型、香の匂い、着物、仕草……
そんな事にも激しく嫉妬をするほどに紗彩を己だけのものにしたくてたまらない。
「………っ、紗彩、無理はするな」
紗彩の俺への態度が変化している事には気づいている。だがそれは、俺が奴への接し方、抱き方を変えたからであり、奴の気持ちが俺に向いたわけではない。
その証拠に、奴は俺の胸に口づけはしても、決して俺を見つめその唇を俺の唇に重ねることはしない。
「………はっ、…っ、」
それでも、奴から俺に抱いてくれなどと言って来たのは初めてで、奴の指先や髪が俺の体を伝うだけで、ゾクリとして声が漏れた。
紗彩が何処の生まれで、何処から来たのか……、何をしていたのかは未だに分からない。
身体中にある折檻の痕と、大きな火傷の痕。
遊女屋にでも売られ酷い扱いを受けて来たのかとも思ったが、これ程の女がいて姿を消したとなれば、話の一つや二つは浮かび上がりそうなものを、思いつく限りの遊女屋街を調査させたが奴に結びつく情報は何も得られていない。
であれば、間者か……
だが手管を使う間者の体にさほど傷をつけるとも思えず、何より、間者として生きて来たにしては奴の心は綺麗すぎてそれには当てはまらなかった。