第9章 ぬくもり
「…………っ」
母上様は去って行く信長様の後ろ姿を目で追った後、自身の滞在されている部屋の方へと歩いて行った。
残された私は、余計なお世話だとは分かっていても二人の事が気になり、自分の部屋へは向かわず秀吉さんの部屋を訪ねた。
・・・・・・・・・・
「お前から訪ね来てくれるなんてな」
部屋を訪れた途端、秀吉さんからも信長様みたいな事を言われた。
「あの、今お話ししても大丈夫ですか?」
「信長様の事だろ?ならそれが最優先案件だから気にするな。入れ」
柔らかな表情で秀吉さんは部屋の中へと迎え入れてくれた。
「喉乾いたろ、まぁ飲め」
疲れた顔してるぞ。と言って、秀吉さんはお茶を点ててくれた。
「お手前頂戴します」
久しぶりのお抹茶を一口飲んだ。
「あ、美味しいです」
優しい味に心が温まる。
「作法を知ってるってことは、やはりそれなりの教育をお前は受けて来たってことだよな」
「え?」
「いや、記憶は無くともこう言った作法は自然と出ちまうんだろうな。お前は、茶の湯をちゃんと知ってる者だなと思ってな」
「あ、作法、合ってたんですね。よかったです」
帰蝶に教えてもらった事がこんな所でも役に立つなんて……、
忘れようと思っても、結局今の自分は帰蝶によって作り出されているのだと思い知らされる。
それに記憶喪失……忘れてはいけない私の現状の一つなのに、気を抜くとボロがどうしても出てしまう。
「お前の記憶、早く戻ると良いな」
私の焦りをよそに、秀吉さんは優しい顔でそう言ってくれる。
「秀吉さん、……ありがとうございます」
でも私の記憶が戻る日は、私の裏切りが発覚する日。
以前の私は、その日をとても恐れて過ごしていたけど、今の私は、その日が来る事を怯えながらも待っている様な気がする。