第9章 ぬくもり
そして五日が過ぎ、戦に出ていた信長様が戻って来たとの知らせが入った。
人の心とは変わるもので、前はあんなにも出迎えることが嫌で抵抗があったのに、今は信長様の無事を確かめたくて、自然と足は広間へと向かっていた。
けれども、
(……いない)
いつも戦から戻ると甲冑を取り外す為に行く広間に信長様の姿がない。
(どこへ……?)
思い当たる場所などはなく、ただ廊下をキョロキョロしながら歩いていると、中庭の方からバシャっと水音が聞こえて来た。
「?」
そのまま音のする方へ歩いて行くと、信長様が中庭にある井戸から水を汲み手拭いを濡らしていた。
(何を…しているの……?)
信長様はまだ甲冑姿のままで、その甲冑は黒色をしているにも関わらず返り血に濡れていることが分かる。
「………っ、」
事故の時の嫌な記憶が呼び覚まされて、信長様の元へ行こうとした足は途端に動かなくなった。
「紗彩か?」
信長様は私がいることに気が付き、こちらに視線を寄越した。
「あ、あの…お帰りなさいませ」
「貴様から出迎えるなど珍しいな。何か用か?」
「いえ……」
確かに、私から出迎えるなんて一度もなかったから、用事があると思われても仕方がない。
五日ぶりにみる顔は心なしか疲れているように見える。
「話があるなら聞いてやる。少し向こうを向いていろ、血は苦手であろう」
「………え?」
信長様は水を絞った手拭いを甲冑に当て血を拭い出した。
そう言えば、信長様の甲冑を外す時には血の匂いはしても血が胴部分に付いていたことはなかった様に思う。
(もしかして、いつもここで血を拭ってから広間に来てたのかな?)
「あの…いつもここで血を洗い流すのですか?」
「そうだな、貴様に甲冑を外させるようになってからは、ここで血を流している」
帰って来た答えは期待をしていたもので、胸をキュッとさせた。
「私が…怖がるからですか?」
(その為にわざわざここで……?)
「それもあるが……」
信長様が質問に答えようとしてくれた時、
「おお、嫌だっ!」
またもや、耳をつんざく母上様の声が中庭に響いた。