第9章 ぬくもり
「………」
信長様は手を止めて襖へ視線を投げた。
「………っ、母上っ!」
(え……っ!)
それは、信長様から聞く初めての言葉。
「城が砲撃を受けたと聞いて様子を見に来てみれば、昼間から側女と享楽に耽るとは相変わらずのうつけぶり、情けない!」
睦事を始めようとしている私たちに構わず甲高い声で部屋へと入って来るのは、信長様のお母さん?
「俺の許しもなく勝手に部屋へ入って来る者に言われたくはない」
信長様は私を押し倒したままその女性へ言い返した。
「我が子の城や部屋に入るのに許可など要りませぬ!」
「ならば好きなだけ城内を見て行け。俺は取り込み中だ。子が睦み合う姿を見たいと言うのならばそのまま見て行かれるが良い」
信長様は冷たく言い放つと私の鎖骨へ口づけた。
「っ、信長様っ!」
「構わん、貴様のその愛らしい声でも聞かせてやれ」
「……」
温かかった眼差しは途端に冷気を帯びて、以前の信長様を思い出し体に力が入った。
「…………冗談だ」
軽いため息を吐いて信長様は体を起こした。
「母上、話なら広間で聞く。そちらで待たれよ」
信長様の母上様はキツい睨みを私たちに向けて、部屋から出て行った。
「貴様はよく休め」
私の着物の袷の乱れを直しそう言うと、信長様は気怠そうに立ち上がり部屋から出ていってしまった。
(本当のお母さんじゃないのかな?)
戦国時代の、しかも武将の家族構成は複雑に絡んでいると聞いているから、ふとそんな考えが浮かんだ。
だってそれ程に二人の間に不穏な空気が流れていたから……
その後、広間で信長様と母上様がどんな話をしたのかは知らないまま信長様がこの部屋へと戻ってくる事はなく、次の日にはまた戦へと行ってしまい、信長様の母上様はその間安土城に滞在される事になった。