第1章 黒の糸
紙袋を受け取って、一虎は覗き込んで鼻をヒクヒクさせる。
「何かいい匂いする」
そう言うと、一虎の顔が私の首辺りに近づく。
「同じ匂いだ……女の子って感じ」
その屈託のない笑顔に、ドキドキした。
「なぁ、遊びに行かねー?」
「行かない。授業あるし」
「いーじゃん。どうせ出席日数足りてんだろ? ちょっとくらい大丈夫っしょ」
それは一体どんな理屈だ。
「えー……無理」
「よし、行こ」
断る私の言葉が届いていないのか、私の手を取って歩き始める。
引きずられる私をよそに、一虎は近くに停めていたバイクの前で足を止めて、私にヘルメットを渡す。
仕方なく、とりあえず結っている髪を解いてメガネを外した。単純にヘルメットを被るにはジャマだったから。
「女の子ってすげぇよな。髪形変わるだけでこんな違うもんなんだな。特にメガネ外していい女って、漫画だけだと思ってたから衝撃だわ」
「そんな事言ったって、何も出ないよ」
いい女と言われたら、普通は嬉しいんだろうけど、私は何も嬉しくない。
ヘルメットを被って、バイクの後ろに跨った。
音は苦手だけど、全てを掻き消すように吹く風は、気持ちよくて嫌いじゃない。
微かに聞こえる鈴の音を聞くみたいに、一虎のお腹に回した手に力を入れて抱きついた。
彼氏はもちろん、友達もいない私が街で遊ぶのは初めてだったからか、同年代の子達がしているみたいな、普通の楽しみを体験してみたくて、一虎に言ったら笑顔で了承してくれた。
「それ美味そー」
「はい、食べていいよ」
持っているアイスを一虎に差し出すと、美味しそうに食べる一虎が無邪気に笑う。
まるでカップルがデートでもしているみたいな雰囲気に、なんて事ないようなアイスの味が、妙に甘い気がして恥ずかしくなった。
遊び慣れているのか、一虎は色んな場所に連れて行ってくれて、見る場所全てが新鮮で、キラキラと鮮やかに見えた。
時間はあっという間で、そろそろ放課後になろうとしている時間に、バイクが校門の前で止まる。
「また遊ぼーぜ」
「……気が向いたら、ね」
人懐っこい笑顔に、つい即答で頷いてしまいそうになるのを堪えた。
もう関わるつもりはないのに、そう決めたのにどうしてこんなにも寂しく感じるんだろう。